故人の知られざる人生を浮き彫りにする相続。遺言書を通して、故人の人間関係を初めて知ることもあります。しかし遺言書に記された見知らぬ名前に、子は「裏切られた」と感じることも。遺言書に込められた故人の真意とは?
「母の遺産300万円」の遺贈先に謎の男…って誰?と混乱の45歳娘、遺品整理で見つけた日記で知る「涙の真実」 (※写真はイメージです/PIXTA)

裏切られた気持ちと、母の本当の想い

「なぜ、どうして、と。それしか言葉が出てきませんでした。東京で家庭と仕事を両立させながら、時間もお金もかけて北海道へ通い、やれるだけのことはやってきたつもりでした。なのに、母は私の知らない人に遺産を分けようとしている――」

 

どこか、母に裏切られた気持ちと不信感を抱えたまま、久美子さんは実家の遺品整理を再開しました。すると、タンスの引き出しの奥から、母がつけていた日記が見つかります。そこに記されていたのは、久美子さんのまったく知らなかった母の姿でした。

 

ページをめくるごとに現れるのは、「寂しい」「話し相手がいない」といった、孤独を吐露する言葉の数々。久美子さんからの電話や帰省の記述は喜びに満ちていましたが、それ以外の日々は、静かな時間が流れる家で、ただ一人、過ごしていた様子が伺えます。

 

内閣府『令和6年版高齢社会白書』によると、65歳以上の一人暮らしの高齢者は年々増加傾向にあり、2020年時点で65歳以上人口の約15.0%(男性)および約22.1%(女性)。この割合はさらに上昇し、将来的には男性が約26.1%、女性が約29.3%になると推計されています。また内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』によると、「近所の人とはどんな付き合いをしているか」の問いに対し、「会えば挨拶をする」が8割を超える一方、親密な付き合いはないケースも多いことがわかります。

 

【高齢者の近所付き合いの状況】

会えば挨拶をする…84.6%

外でちょっと立ち話をする…61.3%

物をあげたりもらったりする…47.4%

相談事があった時、相談したり、相談されたりする…18.8%

お茶や食事を一緒にする…16.0%

趣味をともにする…11.9%

病気の時に助け合う…6.3%

家事やちょっとした用事をしたり、してもらったりする…5.3%

 

幸子さんもまた、地域社会で深い孤独を感じていたのかもしれません。

 

日記を読み進めていくと、二年ほど前から「田中さん」という名前が頻繁に登場するようになります。その田中誠さんこそ、遺言書にあった人物でした。彼は地域の民生委員で、高齢者世帯への見守り活動をしていた人のようです。

 

「今日は田中さんが庭の草むしりを手伝ってくれた。東京の久美子にこんなことで来てもらうのは申し訳ないから助かった」

「大雪で買い物に行けずに困っていたら、田中さんが食料を届けてくれた。本当にありがたい」

「病院の付き添いをしてもらって、先生の説明を一緒に聞いてもらった。一人では心細かったから、涙が出そうになった」

 

日記には、田中さんへの感謝の言葉が溢れていました。多忙な娘に心配をかけたくない一心で、身の回りの困難を一人で抱え込んでいた母。その孤独に寄り添い、親身に支え続けてくれたのが、田中さんだったのです。

 

「母は、私に迷惑をかけたくなかったんですね……。そして、それを支えてくれた田中さんに、どうしても感謝の気持ちを伝えたかった。300万円という金額は、母なりの精一杯の『ありがとう』だったんだと、そのときようやく分かりました」

 

[参考資料]

内閣府『令和6年版高齢社会白書』

た内閣府『令和5年度 高齢者の住宅と生活環境に関する調査』