家族の死後に残されるのは、悲しみだけではありません。相続問題が、残された家族の関係を揺さぶります。「うちは資産家ではないから大丈夫」と安心していても、実家ひとつが思わぬ火種になることは少なくありません。長年暮らしてきた家に誰が住み、どのように受け継ぐのか――誰もが避けて通れない大問題です。
お前には1,500万円渡すから…父の死後、豹変した兄。残された実家を巡り、52歳妹を絶望させた「冷酷すぎる裏切り」 (※写真はイメージです/PIXTA)

追い詰められた妹「もう、兄とは話せない」

遺産分割協議が完了する前でも、相続人の一人が単独で、法定相続割合に基づいた共有名義の登記を申請することは法的に可能。健太さんの行動に問題はありません。

 

「兄は、私が実家の売却に同意しないことに業を煮やし、既成事実を作ってしまおうと考えたのだと思います。この一件で、兄への信頼は完全になくなりました。もう兄妹として付き合っていくのは無理です」

 

さらに今度は兄が依頼した弁護士から一通の内容証明郵便が届きます。そこには、「共有物分割請求調停を家庭裁判所に申し立てる準備があります。実家の売却に速やかに応じない場合、訴訟に移行することも辞しません」と記されていました。

 

「兄の狙いは明らか。私の合意なく登記を済ませて法的な既成事実を作る。そして法律の専門家を立てて通告してくる。『パート主婦のお前なんかに、裁判なんて起こせるはずがないだろう』。そんな兄の声が聞こえるようでした。本当に怒りを通り越して、悲しみがこみ上げてきました」

 

共有物分割請求とは、共有状態にある不動産の分割を裁判所に求める手続きです。これが認められると、裁判所の判断によって不動産は強制的に競売にかけられてしまう可能性があります。そうなれば、市場価格よりも安い金額で買い叩かれる恐れが高いだけでなく、何より、今も住んでいる母が家を追い出されてしまうかもしれません。

 

「母の住む家だけは守りたい。でも、もう兄と直接話して解決できる段階ではない。私は自分の権利と母の生活を守るため、裁判で戦うことにしたんです」

 

裁判所の司法統計によると、遺産分割で揉めて家庭裁判所に持ち込まれる事件のうち、遺産総額が「5,000万円以下」のケースが全体の4分の3を占めています。「うちは資産家じゃないから大丈夫」という考えは、いかに危険かがわかります。

 

今回のトラブル、もし父・隆さんが生前に「全財産を妻・和子に相続させる」あるいは「和子が亡くなったあとは、実家を兄妹で均等に分けるように」といった内容の公正証書遺言を遺していれば、健太さんが勝手に登記手続きを進めることはできず、そもそも争い自体が起きなかったでしょう。

 

さらに相続争いの防止という点では、家族が元気なうちに、親の資産状況や相続に関する希望を話し合っておくなど、終活を事前にしておくことが重要です。株式会社ルリアン『相続・終活に関する全国調査2025』によると、終活の実施割合は21.2%。一方で終活の必要性を感じているのは43.8%と乖離があるのが実情です。親の資産の話をタブーとせず、いざという時に困らないよう、普段からオープンに話せる関係性を築いておくことが大切です。

 

[参考資料]
裁判所『令和4年 司法統計年報 第24表 遺産分割事件のうち認容・調停成立件数ー遺産の価額別』
株式会社ルリアン『相続・終活に関する全国調査2025』