(※写真はイメージです/PIXTA)
「兄を信じていたのに…」たった1本の電話が告げた裏切り
「あの時の兄の声を、私は一生忘れません」
都内でパートとして働く中川美咲さん(52歳・仮名)。1年前、父・隆さん(享年80歳・仮名)を亡くしました。残された実家を巡り、唯一の兄である健太さん(55歳・仮名)との間に深い溝が生まれてしまったと言います。
「父は特に遺言書を用意していませんでした。相続人は母と兄、そして私の3人。ただ、高齢の母・和子(79歳・仮名)が『難しい手続きは分からないし、あなたたちに任せたい』と言って相続放棄をしたんです。それで、相続人は私と兄の2人になりました」
遺産といえるものは、現在も母が1人で暮らす実家のみ。築40年の木造住宅ですが、都内の駅からも比較的近く、土地の評価額だけでも3,000万円ほどにはなる物件でした。問題は、その実家をどうするかという点でした。
「私は、母が元気なうちはそのまま住み続けてほしかった。家を売るのは、母が施設に入るとか、そういうタイミングが来てからでも遅くないと思っていました。でも、兄の考えは違いました」
健太さんは小さなIT企業を経営していました。しかし、その経営状況は芳しくなかったようです。
「会社の資金繰りが厳しい。すぐにでも実家を売って現金が必要だ。私には法定相続分どおり1,500万円をやるから、それで納得してくれと。私が『お母さんはどうするの?』と聞くと、『母さんには、売った金で近くに小さなアパートでも借りてやればいいだろう。初期費用くらいは見てやる』などと勝手すぎることを言うし……長年住み慣れた家を追い出される母の気持ちをまったく考えていない兄の言葉に、強いショックを受けました」
何度か話し合いの場が持たれましたが、議論は平行線をたどるばかり。母の将来を案じる美咲さんと、目先の現金を優先したい健太さん。兄妹の主張は真っ向から対立しました。それでも美咲さんは、「兄も経営が大変なだけ。時間をかければきっと分かってくれるはず」と、どこか楽観視していた部分があったと振り返ります。
しかし、その淡い期待は、一本の電話によって無残に打ち砕かれることになります。話し合いが中断してから数週間後のこと。健太さんから何の前触れもなく電話がかかってきました。
「実家を共有名義で登記しておいたというのです。『遺産分割協議がまとまらないから、とりあえず法定相続分で登記した。何も問題ないだろう』と。勝手な行動に、完全に裏切られた気持ちでした」