​誰もが安らぎを求めるはずの家が、心をすり減らす場所になることがあります。家族のためと信じて差し出した手が、いつしか「当たり前」となり、心は置き去りにされていく――ある男性のケースをみていきましょう。
​もう、あの家には帰りたくない…〈年金月15万円〉70歳男性、1ヵ月の入院を経て向かった「衝撃の行き先」 (※写真はイメージです/PIXTA)

​入院を機に決意…月15万円で入居できる「終の棲家」

​退院が近づいてきたある日、正雄さんは意を決して病院のソーシャルワーカーにすべてを打ち明けました。家族からの経済的な搾取と孤独感。そして、こう尋ねたのです。

 

​「この年金だけで、静かに暮らせる場所はありませんか」

 

​話を聞いたソーシャルワーカーは親身になって相談に乗り、いくつかの施設をリストアップしてくれました。その中から毎月15万円ほどで入居できる老人ホームを見つけました。都心からは少し離れますが、自然に囲まれた静かな場所でした。

 

​「費用に含まれていないものが月2〜3万円かかるとして、ここなら年金と貯蓄の取り崩しで十分まかなえる」

 

​正雄さんの心は決まりました。

 

​退院日の朝、健一さんが迎えに来ました。病室に入るなり、大きな声で言いました。「親父、退院おめでとう!」。その言葉は、もはや正雄さんの心には響きませんでした。​荷物をまとめ、病院の玄関に向かうと、そこに停まっていたのは見慣れない一台の送迎車。施設の名前が、車体にはっきりと記されていました。

 

​「親父、なんだよこれ……」

 

​戸惑う健一さんへ、正雄さんは一枚の封筒を手渡しました。封筒の中には、今後の送金を一切断る旨と、家の所有権は正雄さんにあるものの、彼が施設で暮らす間は無償で貸与することなどが記された弁護士作成の書類でした。

 

​「達者でな」

 

​高齢者の虐待には、身体的虐待、介護・世話の放棄・放任、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待の5種類があります。

 

​厚生労働省の調査によると、2023年、養護者による虐待の相談・通報件数は40,386件と過去最多を記録。虐待者の続柄は、息子(38.7%)が最も多く、夫(22.8%)、娘(18.9%)と続きます。

 

​今回の正雄さんの件で言えることは、入院という物理的な距離を置けたことが、自身の置かれた状況を客観的に見つめ直す貴重な時間となったこと。そして、ソーシャルワーカーという第三者に相談できたことが、具体的な行動を起こす大きな一歩となったのです。正雄さんの決断は、自分自身の尊厳を取り戻すための、前向きな選択だったといえるでしょう。

 

​[参考資料] 

​厚生労働省『令和5年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果』