豊かな自然、穏やかな時間。多くの人が思い描く理想の田舎暮らしですが、その魅力はライフステージの変化とともに姿を変えることがあります。人生の豊かさを追求した先に待っていた、ある夫婦の決断を追います。
クルマも自治会も、もうウンザリだ…理想の田舎暮らしを25年で断念。70歳夫婦が気づいた「最後の楽園は東京だった」という結論 (※写真はイメージです/PIXTA)

抜群の子育て環境、子育てフリーな田舎暮らしは最高

都心から電車で30分ほどのサ高住で夫婦で暮らす、田中正雄さん(70歳・仮名)と妻の恵子さん(70歳・仮名)。25年近く暮らした長野の家を引き払い、この地へ移り住みました。

 

「元々、東京で暮らしていたので、ある意味、Uターンです」

 

正雄さんと恵子さんは同じ会社の同期。30代で結婚し、子どもが生まれてからは、田舎暮らしが憧れになっていたといいます。

 

「比較的都心寄りの3階建て・3LDKの一軒家を借りていたんですが、とにかく狭い。私たち夫婦と、小さな子が2人の4人暮らしでしたが、窓を開けると隣の家の壁が触れるくらいの距離。将来的に子どもが『自分の部屋がほしい』と言っても叶えるのは難しい。もっとのびのびとした環境で子育てがしたい……そう考えると、東京を離れるしかありませんでした」

 

夫婦の夢は、40代、フリーランスに転向するのと同時に実現へと大きく舵を切ります。移住先は長野県。5LDKの古民家と300坪の敷地。庭の畑ではさまざまな野菜を育てました。都会生まれ、都会育ち、当時小学生だった息子と娘は最初は戸惑っていたといいますが、段々と慣れ、自然豊かな環境のなか、健やかに成長していきました。

 

「衝撃的だったのは、夏と秋、野菜がどんどん取れること。食べきれない分は干したり、ピクルスにしたり。近所の人と物々交換して、ほぼ1年間野菜を買わない生活をしていました」

 

子育てをする環境としても、都会の喧騒とは無縁でストレスフリーな生活も、「最高だった」と田中さん夫婦。やがて子どもたちは成長し、東京の大学に進学。今はもう就職し、それぞれが家庭を築いているといいます。親としての役目を終えた夫婦には、穏やかな老後の時間が待っているはずでした。

 

しかし、60歳を過ぎ、年金生活が現実味を帯びてきたころから、理想の暮らしに少しずつ綻びが見え始めます。まず問題として顕在化したのがクルマのこと。

 

「買い物、病院、役所……どこへ行くにもクルマが必須です。1人1台が当たり前の地域で、我が家も2台所有していました。ガソリン代はもちろん、車検や税金、保険料といった維持費が、年金暮らしを考えると決して小さくない負担ですね」

 

経済的な問題だけではありません。

 

「年をとって、夜間の運転は怖くなりましたし、とっさの判断力にも自信がなくなってきました。運転できなくなったら、ここでどうやって暮らしていけるのか……不安に思うようになりました」