(※写真はイメージです/PIXTA)
「私を捨てるのね」恋人との未来を前に、母、慟哭
転機が訪れたのは、美咲さんが40歳を迎えた年のことでした。以前から密かに交際していた5歳年下の男性が東京に転勤することになり、これを機に結婚、一緒についてきてほしいとプロポーズされたのです。
美咲さんは、プロポーズを受けるべきか迷ったといいます。
「息苦しい毎日ではありましたが、私がいないと母親は生きていけない……そんな危機感もあったので」
しかし、自身も母親から自立する最後のチャンスかもしれないと、数日間悩み抜いた末、美咲さんは意を決しました。そして、リビングでテレビを見ていた好子さんに向き合い、家を出ることを伝えました。
「お母さん、私、結婚する。彼と東京に行くことに決めたから」
好子さんは最初、冗談だと思ったのか笑みを浮かべていましたが、美咲さんの真剣な眼差しに、すべてを悟ったのでしょう。その表情はみるみるうちに怒りと絶望に変わりました。
「この私を一人で見捨てて、どこの馬の骨ともわからない男と暮らすっていうの⁉ なんて親不孝な娘なの!」
「年金、7万円しかないのよ。あなたなしに、どうやって生きていけばいいのよ」
甲高い声は、きっと隣近所にも聞こえたことでしょう。
「ママ、もう私に頼らないで。これ以上、ママの言いなりにはなれない」
振り絞るように告げた美咲さんの言葉は、好子さんの慟哭にかき消されました。親が子の幸せを願う気持ちは、時として「子を自分の手元に置いておきたい」という歪んだ支配欲にすり替わることがあります。美咲さんの決断は、母からの精神的な自立であり、母子共に必要な「絶縁宣言」でした。
「ただ心配だったのは、母の年金が月7万円程度だということです。これだけで暮らしていけるとは思えませんでした。貯蓄はあるものの、やはり不安で……」
美咲さんは毎月7万円ほどの仕送りをし、まめに電話をかけていますが、好子さんの怒りと絶望は収まらず、一度も電話に出ないそうです。
「振り込んだお金は、きちんと引き出されているので……当面はこれで安心かなと思っています」
[参考資料]
厚生労働省『令和5年 国民生活基礎調査』