「一定期間、特定の地域や職場で働けば返済が免除される」こうした奨学金は、地域社会に貢献しながら学べる、非常に魅力的な制度だ。しかし、それは卒業後のキャリアについて、早い段階で大きな決断を求められるという意味でもある。5年後、10年後に新しい夢ができたとき、免除の権利を手放してでもその道に進むか。それは、多くの若者が直面する、悩ましい選択肢の一つだろう。本記事では、Aさんの事例とともに、奨学金とキャリアプランの長期的な関係について、アクティブアンドカンパニー代表の大野順也氏が解説する。
「返さなくていい奨学金」のはずが…。“地元に5年縛られる契約”を蹴り、東京で「月10万円の返済地獄」のなか生きる23歳看護師の告白 (※写真はイメージです/PIXTA)

「学ぶための投資」が課す人生への制約

Aさんは奨学金や教育ローンの返済を背負いながらも、複数の職場で経験を積み、人間的な成長を実感している。確かに、奨学金は努力や挑戦の原動力となる面もある。しかし同時に、毎月の返済があるからこそ「給与水準」「働き続けられるか」という基準がキャリア選択に大きく影響しているのも事実だ。

 

もし病気やケガで働けなくなった場合、返済はどうなるのか。結婚や出産といったライフイベントを迎えたとき、生活費や教育費と両立しながら返済を続けられるのか。不安は常に存在している。奨学金が若い世代のキャリアやライフプランの幅を狭めている現状を、私たちは直視する必要がある。

 

本来、学びは将来の可能性を広げるものであるはずだ。しかし現状では、奨学金という「学ぶための投資」が、卒業後の人生に長期的な制約を与えている。これは決してAさんだけの問題ではない。奨学金を借りて進学する若者が大多数を占める現代において、同じような不安を抱える人は少なくない。

 

だからこそ、奨学金返済の負担を「個人の努力」に任せきりにするのではなく、社会全体で支える仕組みが必要だと考える。その一つが、企業による「奨学金返還支援制度」である。企業が、従業員の奨学金返済を肩代わりすることで、若者は安心してキャリア形成に集中でき、企業側にとっても人材確保や定着につながるものだ。社会全体で人材育成を支える仕組みを整えることは、日本の将来にとっても大きな意味を持つだろう。

 

奨学金の返済に向き合いながら懸命に働くAさんの姿は、個人の努力だけに頼る仕組みの限界を示している。若者が安心して学び、挑戦し、成長できる社会を築くために、奨学金の返済支援をどう広げていくかが問われている。

 

 

大野 順也

アクティブアンドカンパニー 代表取締役社長

奨学金バンク創設者