(※写真はイメージです/PIXTA)
月5万円、30年続いた息子への「仕送り」
「まさか、こんなことになるなんて思ってもいませんでした……」
田中健一さん(78歳・仮名)、良子さん(76歳・仮名)夫婦。現在、夫婦で月に30万円ほどの年金を受け取っているといい、贅沢はせずとも穏やかに暮らせそうですが、2人の表情に明るさはありません。すべての始まりは、30年ほど前に遡るといいます。一人息子である誠さん(50歳・仮名)が大学を卒業し、社会人になった頃のことです。
「息子が就職したのは、いわゆる就職氷河期の真っ只中でした。それでもなんとか正社員としての就職先を見つけてくれて、夫婦で胸を撫でおろしたのを覚えています」と健一さんは語ります。
しかし、誠さんの現実は厳しいものでした。初任給は額面で18万円。そこから社会保険料や税金が引かれ、手元に残るのは15万円弱。さらに、大学時代の奨学金の返済も始まります。
「大学時代、アルバイトだけでは大変だろうと、毎月5万円の仕送りをしていました。就職すればそれも終わりだと思っていたのですが、息子の給与明細と奨学金の返済額を見せられて、『これじゃ東京で一人暮らしなんてできない』と……。可愛い息子が困っているのを見て見ぬふりはできませんでした」と良子さん。健一さんと相談し、「生活が安定するまで」と心に決めて、大学時代からの月5万円の仕送りを続けることにしたといいます。
30歳を前に、誠さんは職場の同僚と結婚し、やがて子ども、つまり夫婦にとっての初孫が生まれます。嬉しい知らせである一方、誠さんの家計はさらに厳しくなりました。
「息子の給料は少しは上がったようですが、家族を養うには心許ないというのが正直な感想でした。『結婚祝いもかねて』『孫が生まれたお祝いに』『孫のお小遣いや服代に』と、何かと理由をつけては仕送りを続けてしまったんです。息子も『いつもありがとう。本当に助かるよ』と感謝してくれましたし、それが私たち親としての喜びでもありました」
月5万円の仕送りは、いつしか田中さん夫婦の家計における「固定費」となり、30年という長い歳月が過ぎていました。自分たちの生活は切り詰めることばかり。旅行や外食は控え、衣料品も何年も同じものを着続けていました。自分たちの老後のことは、正直、あまり深く考えていませんでした。「なんとかなるだろう」と。
しかし、健一さんが自宅の風呂場で転倒し、大腿骨を骨折。手術と長期の入院が必要となり、高額療養費制度を利用しても、差額ベッド代や食事代などで数十万円のまとまった出費がのしかかりました。
「退院後の生活のために、貯蓄を取り崩そうと通帳を確認したのですが……」
健一さんの言葉が途切れます。老後のためにと貯金していた口座、その残高はほとんど「ゼロ」に近い数字だったのです。夫婦は、30年間にわたって息子に送り続けた仕送り総額を計算してみて……思わず呆然としました。「月5万円 × 12ヵ月 × 30年=1,800万円」。
「もし、このお金があったなら……。息子を助けたい一心でしたが、それが自分たちの首を絞める結果になってしまった。あの子が悪いわけじゃない。ずるずると援助を続けてしまった、自分たちの責任です」