長年の会社員生活を終え、手にした退職金。これでようやく夫婦水入らずの時間を、と考える人は多いでしょう。しかし、長年連れ添った夫婦だからこそ、見過ごされてきた価値観のズレが存在するものです。特に住環境に対する感じ方の違いは、定年という節目を機に大きな問題として表面化することがあります。
これが定年の現実か…〈退職金2,500万円〉60歳元会社員、妻から突きつけられた「想定外の要求」に撃沈 (※写真はイメージです/PIXTA)

「これで贅沢な旅行ができるぞ」夫の夢は妻のため息一つで打ち砕かれた

長年勤め上げた大手メーカーをこの春、無事に定年退職した佐藤誠一さん(60歳・仮名)。退職金として口座に振り込まれた2,500万円という数字を眺め、38年間の会社員人生の労苦が報われた気がしたといいます。

 

「これまでは仕事のことばかりで、家族には迷惑ばかりかけてきました。だから、退職したらゆっくりと、妻が喜びそうなことをしたいと思っていたんです。この退職金は老後に備えてのものですが、少しはそのために使おうかと考えていました」

 

退職後の夏。誠一さんはリビングでくつろぎながら、旅行のパンフレットを広げていました。妻・恵子さん(仮名・58歳)から「旅行でも行けたらいいわね」という話を受けて、先日、大量のパンフレットをもらってきたのでした。しかし、エアコンが効いているはずの室内で、恵子さんはどこか不機嫌そうにため息をついています。

 

「どうしたんだい? 暑いのか?」
「……ちょっと寒いわ。廊下に出ると、温かくて安心するくらい」

 

誠一さんは、何を大げさなと、軽く聞き流していました。この家に住んで30年、今までそんな不満は聞いたことがなかったからです。しかし、その数日後、恵子さんからの要求に、誠一さんは言葉を失うことになります。恵子さんがテーブルに広げたのは、旅行のパンフレットではなく、住宅リフォームのパンフレットと見積もりでした。その額、800万円。

 

「この退職金で、この家を断熱リフォームしましょう」

 

恵子さんからの提案とその金額にぎょっとした誠一さんは、「壁を壊すために貰った退職金じゃないぞ!」と返すのが精一杯でした。恵子さんはさらに続けます。

 

「あなたは大げさだって思っているでしょうけど、私はずっと我慢してきたの。冬は窓からの冷気で寒くて何度も夜中に目が覚めるし、夏はあなたの設定温度だと寒すぎるのよ」

 

恵子さんの口からあふれ出たのは、誠一さんがこれまで気づかなかった住まいへの不満でした。そして、追い打ちをかけるように、衝撃的な言葉が続きます。

 

「もうひとつ、寝室を別にしたくて、そのための見積もりもこの中に入っているわ。今、あなたが寝るときのエアコンの設定温度じゃ、私、寒くて寒くて、寝ていられないの。お互い、快適な温度でぐっすり眠るほうが健康にもいいと思うの」