要介護になった祖父。自宅を離れるのを拒み…
「あの日の父の怒鳴り声は、今でも耳に残っています。母が放ったひと言が、家族の何かがプツリと切れるスイッチになってしまったんだと思います」
そう語るのは、都内のIT企業に勤める田中翔太さん(25歳・仮名)。1年ほど前、祖父の介護をきっかけに、両親の関係が急速に冷え込み、家庭が崩壊寸前にまで陥ったといいます。翔太さんの父・正輝さん(52歳・仮名)は、中堅メーカーに勤めるサラリーマン。母・由美さん(50歳・仮名)は専業主婦です。一体、家族に何があったのでしょうか。
発端は、翔太さんの祖父・健一さん(80歳・仮名)が自宅で転倒し、大腿骨を骨折したことでした。幸い命に別状はなかったものの、これを機に足腰が弱り、要介護2の認定を受けたのです。
「祖母は5年前に亡くなっており、祖父はずっと一人暮らしでした。父は三兄弟の長男で、叔父たちは関西と九州に住んでいるため、近くに住む父が必然的に面倒を見ることになりました」
聞いたところによると、正輝さんの月収は約62万円。決して少なくはありませんが、まだ大学生の弟を抱え、住宅ローンも残っている状況では、経済的な余裕があるわけではありません。当初、正輝さんは健一さんを介護施設に入れることも検討したといいます。しかし、健一さん本人が「住み慣れた家を離れたくない」と強く希望したため、在宅介護の道を選ぶことになりました。ちなみに実家は、正輝さん家族の自宅から20分ほどの距離。毎日通うのも現実的な距離にありました。
週に3回のデイサービスと、2回の訪問介護。介護保険サービスを利用しても、日々の食事の準備や身の回りの世話、急な体調変化への対応など、家族のサポートは不可欠です。正輝さんは仕事の合間や週末に実家へ通い、慣れない介護に奮闘し始めました。
しかし、妻である由美さんの反応は、どこか他人事だったと翔太さんは振り返ります。
「父が『週末、親父の様子を見に行ってくる』と言っても、母は『そう、気をつけてね』と送り出すだけ。食事の作り置きを頼んでも『私、お義父さんの好みがわからないから』と、どこか消極的でした。父も初めは『まあ、俺の親だしな』と自分に言い聞かせていたようですが、日に日に疲弊していくのがわかりました」