年々増加する空き家問題は、家族や地域社会の在り方まで問い直しています。実家の売却は、単なる資産処分にとどまらず、思い出や家族の絆、さらには社会的責任とも深く結びついています。合理性だけでは割り切れない葛藤が、多くの人の前に立ちはだかっています。
〈年収1,500万円〉52歳部長、母が遺した実家を売却したいだけなのに…親族、業者、ご近所とトラブルの連続。すべて乗り越えた日、「貯金通帳」を見て絶句 (※写真はイメージです/PIXTA)

ようやく売却へ…次なる刺客は「不動産業者」と「近隣住民」

弟との不毛なやり取りが1年近く続いた頃、決定的な出来事が起こります。実家の隣人から、「庭木がうちの敷地まで伸びて迷惑している。蜂の巣もできているようで危ない」と、強い口調でクレームが入ったのです。

 

「平日は仕事で動けず、週末に慌てて駆けつけ、一日がかりで庭木の剪定をしました。その時です、ぷつりと何かが切れました。なぜ自分だけがこんな思いをしなければならないのか、と。弟には事後報告で『迷惑料だと思って、売却額からいくらか多めに渡す』と伝え、半ば強引に売却へと舵を切りました」

 

ようやくスタートラインに立った実家じまい。しかし、健一さんを待ち受けていたのは、さらなる苦難でした。複数の不動産業者に見積もりを取り、一番熱心そうに見えた一社と専任媒介契約を結びました。ところが、3ヵ月経っても内覧の申し込みは一件もありません。「反響がなくて……」と繰り返す担当者。不審に思った健一さんが知人に相談すると、自社の利益を最大化するために、他の不動産会社に物件情報を紹介しない、いわゆる「囲い込み」をされている可能性が浮上したのです。

 

結局、その業者との契約を解除し、別の誠実な業者を見つけるまでに、さらに半年を要しました。その間にも、家の管理や弟との細かな調整で、健一さんの心身はすり減っていきました。

 

そして、売却を決意してから約2年後。当初の想定より200万円低い価格で、実家はようやく売却に至りました。解体費用や登記費用、業者への仲介手数料。そして、弟を納得させるために支払ったお金。すべての手続きを終えたあとの貯金通帳を見て、健一さんは言葉を失いました。

 

「この2年間の苦労は、一体何だったのか」

 

売却で得たお金から、かかった諸経費をすべて差し引くと、手元に残ったのはわずか数十万円。費した時間と労力、そして決定的にこじれてしまった弟との関係を考えれば、完全な「骨折り損のくたびれ儲け」でした。

 

総務省『令和5年住宅・土地統計調査』によると、全国の空き家は過去最多の900万戸に達しました。このうち、賃貸用や売却用などを除き、長期間放置されている可能性のある「その他の空き家」は385万戸にのぼり、これらの一部が管理不全な状態となって防災・防犯上のリスクや近隣トラブルの火種となる深刻な社会問題となっています。

 

こうした事態を受け、令和5年の法改正により、管理が不十分な「管理不全空家」に対する指導が強化され、勧告を受けると固定資産税の優遇措置が解除されるなど、所有者の責任はますます重くなっています。

 

もし、空き家問題に直面したら、まず親族間で早期に話し合い、全員が納得できる方向性を探ることが不可欠です。選択肢は、売却、賃貸、解体、空き家バンクへの登録など、1つではありません。それぞれの利点と費用を冷静に比較し、最善の道を見つけることが重要です。

 

[参考資料]

総務省『令和5年住宅・土地統計調査』