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「売るべきだ」兄と「思い出の家だ」と叫ぶ弟…実家じまい最初の壁
大手メーカーの部長を務める鈴木健一さん(仮名・52歳)。世帯年収は1500万円を超え、都心のタワーマンションから見える夜景が、自身の成功の証のように感じられていました。しかし、その輝かしい日常とは裏腹に、彼の心は常に重い雲に覆われていました。原因は、電車で1時間半ほど離れた郊外にある築50年の実家です。
3年前に母・ハナさん(仮名・85歳)が介護付き老人ホームへ入居して以来、実家は空き家となっていました。医師からも施設からも、母が自宅に戻って一人で生活するのは不可能だと明確に告げられています。もちろん、健一さん一家が都心の生活を捨ててそこに移り住む選択肢もありません。つまり、あの家は誰にとっても、もう「住む家」ではなかったのです。
「誰も住まない家に、毎年固定資産税を払い、火災保険をかけ、たまに訪れては庭の手入れをする。どう考えても合理的ではありません。妻からも、早く売却して母の施設費用に充てるべきだと言われていました。まさに正論です」
合理的な判断だと、健一さんは信じていました。しかし、その決断に真っ向から反対したのが、地方で暮らす4歳下の弟・拓也さん(仮名・48歳)でした。電話口で売却の話を切り出した途端、拓也さんは感情を爆発させたといいます。
「『あの家を売るなんて薄情だ!思い出はどうなるんだ!』の一点張りで…。『じゃあお前が住むのか、管理するのか』と聞いても、『そういうことじゃない』と。正直、話になりませんでした」
拓也さんには、実家に住む気も、維持費を負担する気もありません。しかし、「長男で高給取りの兄さんが全部やるのが当たり前だ」という甘えと、「自分たちのルーツがなくなる」という感傷が、彼の理性を曇らせていました。司法統計によると、遺産分割をめぐるトラブルのうち、不動産に関するものは常に上位を占めており、鈴木兄弟のようなケースは決して珍しくないのです。話し合いは完全に暗礁に乗り上げ、時間だけが過ぎていきました。