かつて大きな成功を手にした人々にも、人生の転機は唐突に訪れます。肩書や年収といった数字が目を引く一方、その先に待ち受ける現実は決して他人ごとではありません。時代や環境が変わるなか、老後の「自分らしさ」と豊かさをどう守るのか―本稿は、その葛藤や課題に静かに光を当てます。
愚かでした…年収1,500万円だった66歳・元エリート部長、年金〈月17万円〉の現実に絶句。スーパーで3割引きの惣菜を手に「俺の人生、こんなはずでは…」と涙 (※写真はイメージです/PIXTA)

人前では元エリート、家では…二重生活の果て

鈴木さんの苦悩の本質は、この「下げられない生活水準」にありました。友人との会食では、昔と変わらぬ気前の良さを見せ、趣味のゴルフにも参加する――しかし、その裏側では、必死の切り詰めが行われていました。

 

「友人たちと別れ、家に帰ると、どっと疲労感に襲われます。外で使った分を取り戻さなければと、エアコンの設定温度を気にして、妻と二人、ご飯と味噌汁、漬物だけの夕食をとる日も少なくありません。妻は何も言いませんが、私の見栄のために苦労をかけてしまっているんでしょうね……」

 

人前での華やかな姿と、家での質素な暮らし。この二重生活が、彼の心をすり減らしていきます。

 

「スーパーの値引きシールが貼られる時間を待って食材を漁る自分がいる。『やったー、3割引きだ!』などと、心の中で大喜び……そんな姿を誰かに見られているような気がして、いつも周囲を窺ってしまいます。『俺の人生、こんなはずではなかった』と、情けなくて涙が込み上げてくるのを必死にこらえています」

 

厚生労働省『2024年 国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯に生活意識を聞いたところ、「苦しい」と回答したのは58.9%(「大変苦しい」25.2%、「やや苦しい」30.6%)でした。昨今の物価高。一方で年金は実質減額となり、年金受給者の生活は苦しくなっていますが、このなかには鈴木さんのように過去に縛られ、自らが原因で困窮に陥っているケースも珍しくないのではないでしょう。しっかりと老後の生活を見据えて生活水準の見直しを図ることがいかに重要か、鈴木さんの暮らしぶりからも明らかです。

 

「心許せる友人にこんな話をすると、『プライドってそんなに大切か?』とバカにされる――わかっています。わかっているのですが……」

 

鈴木さんが、すべてのしがらみから解放され、本当にリタイアできるときは、まだ先の話になりそうです。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和5年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』

厚生労働省『2024年 国民生活基礎調査』