全国の児童相談所が対応した児童虐待相談件数が22万件を超え、過去最悪を記録しました。特に加害者の半数近くが実母という現実は、家庭という最も身近な場所が必ずしも子どもにとって安全でない事実を突きつけます。経済的困難や孤立、育児負担の増大など、家庭を取り巻く社会構造の問題が深く影響している今、私たち一人ひとりに問われているのは、どのようにして「虐待の芽」を摘み取れる社会を築くかです。
年間22万件超え…過去最悪の「児童虐待」。加害者の最多は「実母」48.7%という衝撃的現実 写真はイメージです/PIXTA

見過ごされる「助けて」の声。貧困と孤独が家庭を追い詰める

さて、児童虐待と経済的困窮の関係について考えてみましょう。貧困だから虐待が起きる、という単純な図式では語れません。実際、収入が多い家庭でも虐待が起きることはありますし、経済的に厳しい環境でも、子どもを愛情深く育てている家庭はたくさんあります。

 

ただ、それでもなお、経済的な困難が虐待の「土壌」になるケースがあるのもまた事実です。生活に余裕がなければ、親自身のストレスや不安が増し、精神的に追い詰められる。そうした状況下では、子どもの声に耳を傾ける余裕が奪われてしまう――そんな現実が、見過ごされてはなりません。

 

昨今の物価高、光熱費の上昇、家賃の高騰。日々の暮らしがじわじわと圧迫されるなか、特にシングルマザーや非正規雇用の家庭には、深刻な影響が及んでいます。複数の仕事を掛け持ちしても生活はギリギリ。「子どもの宿題を見てあげたいけれど、帰宅が遅くてそれどころではない」と話す親の言葉には、社会が背負うべき構造的な課題がにじんでいます。

 

加えて、都市部では近隣とのつながりが希薄になり、助けを求める相手が見つからないという「孤立」も深刻です。経済的な困難に加え、精神的な孤独やサポートの欠如が重なると、育児のプレッシャーはさらに増幅されます。支援が必要な家庭ほど、声を上げづらい。結果として、問題が表面化する頃には、すでに手遅れになってしまうケースもあるのです。

 

児童虐待の相談件数が年々増加している背景には、「虐待への意識が高まって通報が増えた」という側面もあるでしょう。しかし一方で、それは支援が追いつかず、現場の職員が限界を迎えているという事実とも裏表です。

 

私たちが目指すべきなのは、「虐待の数を減らすこと」そのものではなく、「虐待が起きにくい社会をどうつくるか」という視点です。親が安心して子育てできる環境――それがあって初めて、子どもが安心して育つ社会が実現します。

 

経済的な支援、心のケア、地域のつながり。どれか一つでも欠ければ、家庭という小さな共同体は簡単に揺らいでしまいます。児童虐待の統計を見つめるとき、私たちは「家庭とは何か」「社会はどこまで責任を負えるのか」という根本的な問いと向き合わなければなりません。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和5年度福祉行政報告例(児童福祉関係の一部)の概況』