(※写真はイメージです/PIXTA)
順風満帆のはずだった老後計画
地方公務員として40年近く真面目に勤め上げた田中浩さん(仮名・66歳)。60歳で定年を迎え、再任用で勤務を続けた後、65歳で完全にリタイアしました。手にした退職金は約2,000万円、年金も月20万円ほど受給できるため、老後の生活設計に不安はないはずでした。
現役時代は仕事一筋で、趣味といえばたまの休日に楽しむ家庭菜園くらいのものでした。これからは時間に縛られず、悠々自適なセカンドライフを送る——。誰もがうらやむような、そんな穏やかな日々が待っていると信じていました。
しかし、現在の田中さんの表情は、どこか晴れません。その愁いを帯びた視線の先にあるのは、一冊の古いアルバムと、固定資産税の納税通知書でした。
「まさか、こんなことで頭を悩ませる日々が来るとは思ってもみませんでした。妻が生きていれば、また違ったのかもしれませんが……」
そう言って、力なく微笑まれる田中さん。彼の悩みの種は、10年前に病で先立たれた妻・洋子さん(仮名・享年50歳)が遺した、地方都市にある実家の存在でした。
洋子さんは一人娘であり、彼女の両親、つまり田中さんの義父母も洋子さんが亡くなる数年前に相次いで他界されたため、実家は洋子さんが相続していました。そして洋子さんが亡くなり、法定相続人である田中さんがこの家を引き継ぐことになったのです。
洋子さんの思い出が詰まった場所であり、義父母にも可愛がってもらった記憶が蘇ります。だからこそ、これまでどうにか維持してきたのです。しかし、誰も住まなくなった家は時間とともに確実に傷んでいきます。
「毎年、固定資産税が10万円近くかかります。それに、万が一のことを考えて火災保険にも加入していますし、庭の草木が伸び放題になってご近所に迷惑をかけないよう、年に2回はシルバー人材センターに手入れをお願いしています。全部合わせると、年間で20万円以上の出費になります」
月20万円の年金で暮らしている田中さんにとって、この出費は決して小さな額ではありません。退職金にはなるべく手をつけず、慎ましく暮らしていこうと決めていましたが、この「負の遺産」によって早くも見直しを迫られていました。
実は、田中さんのようなケースは決して珍しくありません。総務省統計局『令和5年 住宅・土地統計調査』によると、全国の空き家総数は約900万戸にのぼり、総住宅数に占める空き家率も13.8%と過去最高を記録しています。問題なのはその内訳で、賃貸用や売却用の住宅を除いた「その他の住宅」、つまり活用予定のないまま放置されている住宅が年々増加傾向にあるのです。持ち主の高齢化や、相続による所有者不明の土地問題などが絡み合い、社会全体で深刻な課題となっているのです。