(※写真はイメージです/PIXTA)
綻び始めた理想郷、そして「家族の東京回帰」
華やかな東京暮らしから、山と川に囲まれた田舎暮らしへ。都会の喧騒に疲れたサラリーマンからすれば、何とも羨ましい生活でしょう。しかし、その生活も3年後に大きな変化が生じます。
最初のきっかけは長男の翔太さんでした。地元の公立中学校への進学を考えていましたが、「僕、中学校は私立に行きたい!」と言い出したのです。東京の旧友たちの多くが中学受験に挑戦し、日々学習塾に通って合格を目指している――そんな様子を伝え聞き、触発されたよう。しかし、東京にいた頃とは違い、この町には学習塾はありません。「自力で頑張って合格するなら」という条件で受験を承諾すると、翔太さんは見事、首都圏にある全寮制の志望校に合格。中学生にして親元を離れることになりました。
「地頭のいい子だったので……でも、まさか合格するとは」
続いて長女の美咲さんも田舎を離れることに。長年スポーツに打ち込んできましたが、移住先では練習環境が整っておらず、片道1時間以上かけて練習に通っていました。そしてついに「お父さん、私、もっとうまくなりたい。でも、ここは練習場まで遠すぎるの」と訴えます。アスリートを目指す娘にとって当然の要求です。「あなたは、あの子の夢に付き合えないでしょ。私が全面的にバックアップします」。由美子さんはそう宣言し、よりよい環境を求めて美咲さんと共に田舎を離れました。こうして、健一さん1人が故郷の大きな家に残されたのです。
その後、健一さんを待っていたのは孤独と転落の日々。一人残った故郷で地域活性化を謳うコンサルティング会社を立ち上げたものの事業はうまくいかず、収入は東京時代の3割以下に激減。さらに、ほとんどの旧友は過疎化の進む故郷を去っており、思い描いていたような温かいコミュニティはどこにも存在しませんでした。
「私はあまりに故郷を美化しすぎてしまっていたのかもしれません」
物理的な距離と収入の激減は、夫婦関係にも亀裂を生みます。移住から10年、とうとう二人は離婚届に判を押します。そして、軌道に乗らない会社をたたみ、健一さんは再び仕事を求めて東京へ戻りました。幸い、これまでのキャリアを買ってくれる会社が見つかったものの(給与は大幅に下がったが)、そこに待っているはずの家族の姿はありません。
「家族全員の幸せと思って田舎に帰ってきたのに……。なぜ、私はすべてを失ってしまったのでしょう。どこで間違えてしまったんだろう」
株式会社マイナビが地方への転職経験者・検討者を対象に実施した『地方移住転職・Uターン転職の年収変化と満足度調査2025年』によると、地方移住転職やUターン転職をして「良かった」と感じている人は全体の64.3%。「良くなかった」と回答した人は15.5%にとどまりました。一方で収入面を見ると、転職前の平均年収496.3万円に対し、転職後は413.4万円と約80万円ダウン。地方は生活費が抑えられるといわれますが、この収入減を許容できるかは人それぞれでしょう。
都会に住んでいれば誰もが一度は憧れる地方移住。しかし、成功の鍵は、家族全員が同じ方向を向いているかどうかという点にありそうです。
[参考資料]