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「俺の経歴はゴミなのか…」150連敗で崩壊したプライド
しかし、鈴木さんが最初に紹介されたのは、希望とはかけ離れた中小企業の営業職や、年収400万円台の顧問契約ばかりでした。
「馬鹿にするな。俺の経歴を正当に評価できないのか」
プライドを傷つけられた鈴木さんは、エージェントからの紹介案件に見切りをつけ、自ら求人サイトで応募を始めます。経営幹部、事業責任者、営業本部長。自身の経歴に見合うであろう華やかなタイトルの求人に、次々と応募書類を送りました。最初の10社、20社と不採用通知が届いても、「もっと自分の経験を高く買ってくれる会社があるはずだ」と、気にも留めていませんでした。この時点では、まだ自分の輝かしいキャリアが通用しないなど、想像すらしていなかったのです。
応募企業の数が50社を超えたあたりから、鈴木さんの表情から余裕が消え始めました。送られてくるのは「慎重に選考を進めましたが、誠に残念ながら、今回はご期待に沿いかねる結果となりました」という定型文のメールばかり。面接にすら、たどり着けないのです。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構の『高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)』によると、60代前半の継続雇用者の雇用形態は、「嘱託・契約社員」が57.9%、「正社員」が41.6%、「パート・アルバイト」が25.1%となっています*。60歳を超えてから好条件で転職することがどれほど難しいかは、継続雇用であっても正社員率が4割強の現状からも容易に想像できます。
*複数回答のため合計は100%を超える
応募企業が100社に達する頃には、焦りが苛立ちに変わっていました。パソコンの画面を睨みつけ、「なぜだ……なぜ俺が書類で落とされるんだ」と、何度も独りごちるようになります。妻が心配そうに声をかけても、「大丈夫だ、問題ない」と虚勢を張るのが精一杯だったといいます。
プライドを捨て、これまで見向きもしなかった中小企業の管理職候補にも応募範囲を広げました。しかし、結果は同じ。応募書類を送っては落ちる、その繰り返し。気づけば、応募した企業の数は150社を超えていました。
ある晩、またしても届いた不採用メールを見ていた鈴木さんの目から、ふと涙がこぼれ落ちました。会社員人生において築き上げてきた実績、役職、人脈。そのすべてが、新しい舞台では何の意味もなさない、ただの過去の遺物に過ぎないのではないか。
「俺の経歴は……ゴミ同然か?」
大手メーカーの部長として部下を叱咤し、取引先と渡り合ってきた自信に満ちた姿は、もはやどこにもありませんでした。
多くの企業が中高年の採用で求めるのは、過去の栄光や高いプライドではありません。変化に対応する柔軟性や、年下の社員とも協調できる謙虚さ、そして何よりも、新しい環境で貢献しようとする真摯な姿勢です。また、年収600万円以上という条件も、鈴木さんの再就職をより難しくしていました。
華々しいキャリアを手に定年を迎えたエリートが直面する、厳しい現実。過去の成功体験が、時として未来への扉を閉ざす足枷となってしまうという皮肉な現実が、そこにはありました。
[参考資料]
独立行政法人 労働政策研究・研修機構『高年齢者の雇用に関する調査(企業調査)』