長年の会社員生活を終え、多額の退職金とともに始まるスローライフ。それは多くの人にとって理想の未来でしょう。しかし、その資金管理を一歩間違えると、夢の生活は脆くも崩れ去ります。「自分だけは大丈夫」という過信が、なぜ「まさか」の事態を招いてしまったのか――。
〈割増退職金3,500万円〉に歓喜した58歳サラリーマン…3年後〈貯金残高400万円〉に「まさか…」と青ざめる。穏やかな「スローライフ」強制終了の理由 (※写真はイメージです/PIXTA)

甘い言葉に誘われた「投資」という名の罠

田舎での暮らしを始めて1年ほど経ったころ、その生活に小さな変化が生じます。きっかけは、旧友からの電話でした。「面白い投資話があるんだ。退職金で少しやらないか?」。最初は「自分には縁のない話だ」と断っていた田中さんでしたが、友人が語る「月利5%」という言葉に、心が揺らぎました。

 

インターネットで検索してみると、「初心者でも安心」「AIが自動で資産運用」といった甘い言葉が並ぶ投資案件が、次から次へと表示されます。そのどれもが、銀行預金の金利とは比べ物にならない高いリターンを約束していました。

 

「退職金の一部、ほんの少しだけなら……」

 

最初は慎重に、50万円から始めました。すると、ビギナーズラックか、1ヵ月後には口座の残高が数万円増えていたのです。これに気を良くした田中さんは、あっさりと「投資」の魅力に取り憑かれてしまいました。ネットで見つけた海外の不動産投資や、FXの自動売買ツール。気づけば、投資額は数百万円に膨れ上がっていました。

 

しかし、そんな幸運が長く続くはずもありません。ある日、利用していたFX業者のサイトが閉鎖。友人から紹介された海外不動産投資も、実際には価値のない物件だったことが判明します。慌てて資金を引き出そうとしましたが、時すでに遅し。投じた資金のほとんどが、泡と消えてしまったのです。

 

「60代になったばかりなのに、これしかお金がなくて、この先、生きていけるのだろうか……」

 

そんな不安から再就職先を探し始めるまでに、そう時間はかかりませんでした。何とか仕事を見つけたものの、勤務先は東京。このまま田舎暮らしを継続させることは難しく、東京で月7万円のワンルームマンションを借り、毎日、満員電車に乗る生活をスタートさせました。

 

金融庁『金融サービス利用者相談室における相談等の受付状況等』によると、2025年1~3月、詐欺的な投資勧誘に関する情報の受付は2,355件あり、そのうち、2,052件は被害あり。年齢別にみていくと、50代が最も多く、被害全体の16.7%。60代は全体の14.2%、70代以上が12.2%でした。被害に遭った4人に1人は60代以上の高齢者です。「元本保証」「高配当」などをうたい、退職金などのまとまった資金を狙う手口も横行しています。特に、インターネットやSNSを通じた非対面の勧誘は、相手の素性が分かりにくく、リスクが非常に高いといえます。田中さんのケースが詐欺だったのかはわかりませんが、「詐欺……だったのかもしれない」と、よく調べずに投資判断をしたことを悔やんでいます。

 

割増退職金を受け取ってから、わずか3年。田中さんの銀行口座の残高は、400万円を切っていました。

 

[参考資料]

株式会社東京商工リサーチ「2024年上場企業『早期・希望退職』実施状況」

金融庁『金融サービス利用者相談室における相談等の受付状況等』