(※写真はイメージです/PIXTA)
きっかけは息子の自立を願う「親心」という名の投資
長年、市役所で働いてきた鈴木和夫さん(72歳・仮名)。60歳で定年を迎えたあとは、妻の千恵子さん(70歳・仮名)と穏やかな日々を過ごしていました。
絵にかいたような堅実な夫婦。贅沢はせず、コツコツと励んだ貯蓄は、定年退職金は合わせて3,500万円。65歳になってからは、月19万円の年金。その2年後には千恵子さんも月9万円の年金を受け取るようになりました。
質素倹約を心がけているふたりは、年金だけで余裕で暮らすことができ、毎月貯金が生まれるほど。貯蓄はほぼ手つかずです。そのため、たまに夫婦で旅行に行ったり、趣味の盆栽に時間を費やしたり……現役時代にはなかったちょっとした贅沢を楽しみに暮らしていたのです。
唯一の心配の種は、45歳になる一人息子の正樹さん(45歳・仮名)のことでした。大学卒業後、いくつかの職を転々とした末、今は非正規の仕事をしながら、家賃5万円のアパートで一人暮らしをしています。結婚する気配も感じません。
「今どき、結婚だけが人生ではありませんし、会社員や公務員だけでもありませんから。それにいい大人ですから、口うるさくいうのも違いますしね」
和夫さんは「いつか、あいつも本気になる時が来るだろう」と楽観的に考えていました。口下手で不器用な息子ですが、根は優しい子です。何より、たった一人の可愛い息子でした。
ある日のこと、その正樹さんが珍しく神妙な顔で実家を訪ねてきました。
「お父さん、話があるんだ。俺、一念発起して事業を始めたい」
正樹さんが見せてきたのは事業計画書でした。フランチャイズで飲食店を始める――これが正樹さんの描いた青写真だったのです。そのためには、500万円が必要。千恵子さんは「そんなうまい話があるわけないでしょう」と猛反対しました。しかし、和夫さんの心は揺れていました。「これが、正樹が自立する最後のチャンスかもしれない」。息子の真剣な眼差しに、藁にもすがる思いで賭けてみたくなったのです。
「わかった。お母さんには内緒だぞ」
和夫さんは定期預金を解約し、息子の口座に500万円を振り込みました。
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(令和5年)』によると、70歳代の二人以上世帯(金融資産保有世帯)における金融資産保有額は平均2,188万円、中央値1,100万円。和夫さん夫婦は、だいぶ余裕があるといえますが、それでも年金収入が頼りの高齢者にとって、500万円は大金です。