「定年退職金2,200万円」というまとまったお金を手にしたとき、人はどんな選択をするのでしょうか。安心と期待が入り混じる一方で、将来への不安や焦りもまた、心の奥底に静かに広がっていきます。思い描いた理想の老後と現実。その狭間で生まれる波紋とは?
「定年退職金2,200万円」で悠々自適のはずの「60歳夫」が心配で…パート帰りの「58歳妻」、夫の書斎をこっそり覗き見。そこで目にした「血の気の引く光景」 (※写真はイメージです/PIXTA)

退職金2,200万円「悠々自適な生活」を送るはずが…

長年勤めた会社を定年退職した田中浩一さん(60歳・仮名)。定年とともに受け取った退職金は2,200万円。妻の良子さん(58歳・仮名)とともに、これで夫婦ふたりの老後も安泰だと、胸をなでおろしたといいます。

 

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』によると、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の定年退職者における退職給付額の平均は1,896万円、月収換算で36ヵ月分です。浩一さんの退職金額は平均よりもわずかに多い水準でしょうか。

 

退職直後の浩一さんは、趣味のゴルフに出かけたり、平日に夫婦でランチを楽しんだりと、まさに悠々自適な生活を送っていました。しかし、その生活が3ヵ月ほど続いたころから、浩一さんの様子に少しずつ変化が見られるようになります。

 

きっかけは、旧友から「退職金の運用方法」を聞いてから。その友人は「銀行に預けているだけでは増えないばかりか、目減りするかもしれない。ただ預けておくのもリスクだから、自分は半分以上を投資商品にまわした」と語っていたのです。確かに、この低金利のなかではほとんど増えることはありません。むしろインフレリスクにさらされ損をすることも考えられます。「何かしなければ」という漠然とした焦りが、浩一さんの心に芽生え始めたのです。

 

それからというもの、浩一さんは毎日書斎にこもり、パソコンの画面とにらめっこする時間が増えました。良子さんが「何をしているの?」と尋ねても、「老後のための勉強だよ」とだけ答え、詳しいことは話そうとしません。最初は、新しい趣味でも見つけたのかと微笑ましく見ていた良子さん。しかし、日に日に浩一さんの表情から笑顔が消え、眉間にしわを寄せている時間が長くなるにつれて、良子さんの胸には言いようのない不安が募っていきました。

 

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』によると、老後の生活について、世帯主60代世帯では74.5%が「心配」と回答。その理由で最も多く聞かれたのが「十分な金融資産がないから」で65.7%。「年金や保険が分ではないから」(53.6%)に続き、「生活の見通しが立たないほど物価が上昇することがあり得ると考えられるから」が37.5%。4割弱が老後のインフレを心配しています。

 

浩一さんの変化は、良子さんの目にも明らかでした。些細なことでイライラしたり、夜中に深いため息をついたり。長年連れ添った夫の、見たことのない姿でした。良子さんはパートの仕事中も、家に一人でいる夫のことが頭から離れなくなっていました。