仕事を辞めるか、それとも続けるかは人それぞれですが、多くの人が迎える60歳の定年。それは人生の大きな節目。退職金で大金を受け取る人も多いでしょう。夫婦のこれからのことに思いを巡らせて……そんななか、これまでの“秘密”を知ることもあるようです。
〈月収64万円〉〈退職金2,700万円〉60歳夫、無事、定年を迎えて祝杯。翌日、隣で微笑んでいたはずの妻の「とんでもない秘密」が発覚

妻の告白…笑顔の裏で20年間続いていた「秘密の送金」

それは、翌朝のこと。健一さんはコーヒーを片手に、退職金をもとにした今後のライフプランについて考えを巡らせていました。資産運用はどうするか、年金の受け取り開始時期はいつにするか。そんなことを考えていると、背後から良子さんがおずおずと声をかけてきました。

 

「あなた、少し、話があるの」

 

いつもの快活な様子とは違う、硬い声色でした。健一さんが振り返ると、そこには不安と申し訳なさをない交ぜにしたような表情で、俯きがちに立つ妻の姿がありました。その姿に、健一さんは得もいわれぬ胸騒ぎを覚えました。

 

「実は……あなたにずっと言えなかったことがあるの」

 

良子さんは、震える声でそう切り出しました。そして、ダイニングテーブルの椅子に力なく座り込むと、驚くべき事実を告白し始めたのです。それは、良子さんが20年近くもの間、健一さんに内緒で、自分の実家へ仕送りを続けていたという話でした。

 

「最初は、お父さんが病気をしたときの入院費の足しに、ほんの少しだけだったの。でも、弟が事業に失敗してからは、毎月のように……」

 

良子さんの実家は地方で小さな商店を営んでいましたが、15年ほど前に経営が傾き、多額の借金を抱えてしまったといいます。プライドの高い父親は、娘婿である健一さんに頭を下げることを良しとせず、良子さんもまた、家計を支える夫に余計な心配をかけたくない一心で、黙って自分の貯蓄や日々の生活費を切り詰めた中から送金を続けていたのです。

 

健一さんは言葉を失いました。妻が自分の知らないところで、そんな苦労を抱えていたとは夢にも思っていなかったからです。「今まで、全部でいくら送ったんだ」 健一さんの問いに、良子さんは顔を伏せたまま、か細い声で答えます。

 

「……正確な金額はもうわからない。でも、たぶん、1,000万円は超えていると思う」

 

想像をはるかに超えるその金額に、健一さんは頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えました。年収に相当する金額が、家庭の財布から、自分の知らないうちに消えていたわけですから仕方がありません。

 

夫婦間での金銭的な隠し事は、決して珍しい話ではありません。スパークス・アセット・マネジメント株式会社が全国の20歳以上の既婚(配偶者がいる)男女を対象に行った『夫婦のマネー事情と夫婦円満投資に関する調査2024』によると、へそくりをしている夫は全体の47%、妻は50%。平均は全体では302万円で、男女別にみると、男性は236万円に対して、女性は365万円でした。良子さんの場合、総額1,000万円を超えているだろうという話ですが、夫に知られずに家族を支援することはそれほど難しいことではないといえるでしょう。

 

健一さんは、なぜ今まで話してくれなかったのかと良子さんを問い詰めたい気持ちと、一人で苦悩を抱え込ませてしまったことへのやるせない気持ちで、何ともいえない感情でいっぱいになりました。昨日、隣で微笑んでいた妻の笑顔の裏に、こんなにも重い秘密が隠されていたとは――。

 

「秘密を告白されたからといって、お金が戻ってくるわけではないですから、どうしようもないですよ。家計の管理もすべて任せっきりでしたし。これからはもう少し、自分も関与していこうと思っています」

 

[参考資料]

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』

スパークス・アセット・マネジメント株式会社『夫婦のマネー事情と夫婦円満投資に関する調査2024』