「老後は安心して、ゆとりある暮らしを送りたい」――そんな願いを胸に、多くの人が選ぶ老人ホーム。しかし、理想と現実の間には、思いもよらぬ落とし穴が潜んでいることも。老後の住まい選びが直面する、見過ごせないお金のリアルに迫ります。
こんなはずじゃなかった…意気揚々と入居した「高級老人ホーム」で泣き崩れる〈年金月15万円〉90歳母。貯金も残りわずか「絶望と後悔」 (※写真はイメージです/PIXTA)

終わりのない物価高と尽きる貯蓄…忍び寄る「絶望」

その後、コロナ禍、そしてウクライナ侵攻から始まった物価高が日本を襲います。

 

食品、光熱費、あらゆるものが値上がりし、それは老人ホームの運営費用にも波及しました。当初の見込みよりも、毎月の利用料やその他のサービス費用がジワジワと上昇。さらに、ハナさんの体調を考慮すると、より手厚いケアが必要となる場面も増え、その都度追加費用が発生しました。

 

試算では余裕があったはずの貯蓄が、みるみるうちに減っていくのを目の当たりにし焦りを感じ始めました。「こんなはずじゃなかった……」。ハナさんの通帳の残高は、とうとう危険水域に達しようとしていました。

 

厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』によると、65歳以上がいる高齢者世帯の平均貯蓄額は1,603.9万円と、全世帯平均1,368.3万円を大きく超えています。一方で「貯蓄なし」の世帯は11.3%と全世帯平均を上回り、また貯蓄があっても300万円未満が2割超え。一部の“お金持ち”が全体の平均を押し上げているのが実情です。またある程度の貯蓄があったとしても、予期せぬ物価高騰や医療費の増加などによって、あっという間に経済状況がひっ迫する可能性は十分に考えられます。

 

「もう、無理かもしれないわ……」

 

ある日、電話口で、ハナさんは嗚咽を漏らしていました。とうとう限界を感じたのです。

 

「家を売れば何とかなるんじゃない?」と佳子さんは提案しますが、ハナが長年大切にしてきた実家(現在は空き家)を手放すことだけは避けたいといいます。「先祖代々の家。たくさんの思い出の詰まった場所であり、子どもたち、孫たちに残してやりたいと、頑として『売らない』というんです」

 

佳子さん自身も年金頼りの暮らしがスタートし、援助する余裕はありません。電話の向こうで泣き崩れるハナさんに、佳子さんは何も言えなくなってしまったといいます。

 

終の棲家として存在感が高まる老人ホーム、その入居期間は4~5年といわれています。しかし、10年以上に及ぶ場合もあり、予期せぬ経済状況の変化や高齢者自身の体調の変化によって、マネープランが大きく崩れることも珍しくありません。ホームを選ぶ際には、入居費用や月額費用だけでなく、将来的な物価変動や介護度の変化に伴う追加費用、そして何よりも、自身の年金収入や貯蓄額が、どの程度の期間、どのような状況に対応できるのかを、より現実的に、そして悲観的に試算することが重要です。

 

その後、ハナさんは長年、住み慣れた老人ホームを退去。佳子さんと同居するという話もありましたが、お互いに気を遣うのも嫌だと、結局、自宅に戻ることに。段差の多い住まいで、不自由な生活を余儀なくされているといいます。

 

[参考資料]

厚生労働省『令和4年 国民生活基礎調査』