
田舎暮らしの前に立ちはだかる「親の介護」という大問題
移住して3年が経ち、田舎での暮らしにもなじんでいた、ある日のこと、智子さんの実家で、智子さんの母親の米寿を祝う会が開かれることになりました。久しぶりに智子さんの実家を訪れた田中さん夫婦。親戚一同が集まり、賑やかなお祝いの席となりました。しかし、祝福ムードのなか、智子さんは母親の様子に気づきました。以前よりも足元がおぼつかなくなっており、一人で日常生活を送るのが難しくなっているように見えたのです。
静岡の自宅に帰ってきたあと、智子さんは意を決して修さんに相談します。
「お母さんのことなんだけど……足腰は弱くなっていて、ひとり暮らしはもう難しいと思うの。私がそばにいて、世話をしてあげたいと思うんだけど、どうかな?」
智子さん、父親を学生のころに亡くしていました。それ以来、父親の分まで働き、大学まで卒業させてくれた母親には、どんなに感謝をいっても足りないくらいだといいます。そんな母親の年老いた姿をみて、「そばにいてあげたい」と思うのは自然なことでした。
しかし修さんにとっては寝耳に水。せっかくふたりで地方移住という夢を叶えるために、定年で仕事を辞めたのに――そんな思いがあったのでしょう。「二人で話し合って、ここに越してきたんじゃないか。なぜ今になって、そんな急なことを言い出すんだ」と修さん。そんな態度に、智子さんは苛立ちを覚えたといいます。
「もちろん夫との生活も大事。それと同じくらい、母は大切な存在なんです。そんな想いに、夫は少しも寄り添いもしてくれない」
夫婦共通の夢である「地方移住」「田舎暮らし」――しかし夢を叶えたからといって、うまくいくとは限りません。状況が一変し、「移住離婚」という最悪の結末を辿ることも。単純に新天地に馴染めずにストレス過多となる。想像していた生活とのギャップを埋められない。コミュニティを築くことができず孤立する……さまざまな要因がありますが、移住後に生じた悩みにパートナーが寄り添ってくれないというのも、移住離婚に至る理由のひとつ。
地方に移住したからといって、親の介護問題に無関心でいられるわけではありません。移住先が介護を必要とする親の家に近ければ問題ありませんが、遠い場合は、移住生活をいったんは終了させなければならないケースも。
厚生労働省などの調査によると、介護を必要とする人は、「75~79歳」では全体の11.6%だったのが、「80~84歳」では26.2%、「85歳以上」になると60.1%。3人に2人は要支援・要介護認定を受けています。智子さんの母親は88歳。介護なしに生活をしている人のほうが少数派です。
「お義母さんには施設に入ってもらうしかないんじゃないのか」
この言葉で一気に覚めたという智子さん。移住という大きなライフイベントを共に乗り越えたとしても、親の介護問題は乗り越えることができませんでした。
智子さんは結局、修さんの理解を得られないまま、実家に戻ることを決めました。物理的な距離はやがて精神的な距離を生み、修復の兆しは見せず……あくまでも静岡での暮らしにこだわる修さんと、そんな修さんに愛想を付きかけている智子さん。離婚も時間の問題……周囲のもっぱらの噂です。
[参考資料]
厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』
総務省『人口推計月報』