長年働き、セカンドライフに夢を膨らませ定年を迎える夫婦は少なくありません。都会の喧騒を離れ、地方でのんびりと暮らす。そんな理想の移住生活を叶えたとしても、人生には予期せぬ出来事が起きるもの。共に描いたはずの夢が一瞬で崩壊することも、珍しいことではありません。
夫婦の夢だったのに…〈退職金2,200万円・年金月24万円〉60歳定年サラリーマン、地方移住から3年で破綻。原因は米寿の義母を祝う会 (※写真はイメージです/PIXTA)

田舎暮らしの前に立ちはだかる「親の介護」という大問題

移住して3年が経ち、田舎での暮らしにもなじんでいた、ある日のこと、智子さんの実家で、智子さんの母親の米寿を祝う会が開かれることになりました。久しぶりに智子さんの実家を訪れた田中さん夫婦。親戚一同が集まり、賑やかなお祝いの席となりました。しかし、祝福ムードのなか、智子さんは母親の様子に気づきました。以前よりも足元がおぼつかなくなっており、一人で日常生活を送るのが難しくなっているように見えたのです。

静岡の自宅に帰ってきたあと、智子さんは意を決して修さんに相談します。

「お母さんのことなんだけど……足腰は弱くなっていて、ひとり暮らしはもう難しいと思うの。私がそばにいて、世話をしてあげたいと思うんだけど、どうかな?」

智子さん、父親を学生のころに亡くしていました。それ以来、父親の分まで働き、大学まで卒業させてくれた母親には、どんなに感謝をいっても足りないくらいだといいます。そんな母親の年老いた姿をみて、「そばにいてあげたい」と思うのは自然なことでした。

しかし修さんにとっては寝耳に水。せっかくふたりで地方移住という夢を叶えるために、定年で仕事を辞めたのに――そんな思いがあったのでしょう。「二人で話し合って、ここに越してきたんじゃないか。なぜ今になって、そんな急なことを言い出すんだ」と修さん。そんな態度に、智子さんは苛立ちを覚えたといいます。

「もちろん夫との生活も大事。それと同じくらい、母は大切な存在なんです。そんな想いに、夫は少しも寄り添いもしてくれない」

夫婦共通の夢である「地方移住」「田舎暮らし」――しかし夢を叶えたからといって、うまくいくとは限りません。状況が一変し、「移住離婚」という最悪の結末を辿ることも。単純に新天地に馴染めずにストレス過多となる。想像していた生活とのギャップを埋められない。コミュニティを築くことができず孤立する……さまざまな要因がありますが、移住後に生じた悩みにパートナーが寄り添ってくれないというのも、移住離婚に至る理由のひとつ。

地方に移住したからといって、親の介護問題に無関心でいられるわけではありません。移住先が介護を必要とする親の家に近ければ問題ありませんが、遠い場合は、移住生活をいったんは終了させなければならないケースも。

厚生労働省などの調査によると、介護を必要とする人は、「75~79歳」では全体の11.6%だったのが、「80~84歳」では26.2%、「85歳以上」になると60.1%。3人に2人は要支援・要介護認定を受けています。智子さんの母親は88歳。介護なしに生活をしている人のほうが少数派です。

「お義母さんには施設に入ってもらうしかないんじゃないのか」

この言葉で一気に覚めたという智子さん。移住という大きなライフイベントを共に乗り越えたとしても、親の介護問題は乗り越えることができませんでした。

智子さんは結局、修さんの理解を得られないまま、実家に戻ることを決めました。物理的な距離はやがて精神的な距離を生み、修復の兆しは見せず……あくまでも静岡での暮らしにこだわる修さんと、そんな修さんに愛想を付きかけている智子さん。離婚も時間の問題……周囲のもっぱらの噂です。

[参考資料]

厚生労働省『介護給付費等実態統計月報』

総務省『人口推計月報』