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一人暮らしに不安…家族と相談のうえ入居した「老人ホーム」だったが
木村恵子さん(旧姓仮名・52歳)は、実家で一人暮らしをする父、勝さん(仮名・78歳)のことがずっと心配でした。勝さんは元教員で、かつては地域でも尊敬される存在でしたが、数年前に母が亡くなってからは塞ぎ込むことが増え、身の回りのこともおろそかになりがち。急な体調変化や災害時の安否などを考えると、ひとり暮らしは不安で仕方がなかったといいます。
「このままではいけない」。恵子さんと兄弟は話し合いを重ね、父に老人ホームへの入居を提案することを決めました。勝さんは最初こそ抵抗を示しましたが、自分の体調に不安を感じ始めていたこともあり、最終的には入居に同意。複数の施設を見学し、勝さんの希望や年金月20万円弱という経済状況を考慮した結果、都心から少し離れた郊外にある、落ち着いた雰囲気の老人ホームを選びました。入居金はなく、月額の費用も年金で賄える範囲。施設の方の説明も丁寧で、これなら父も安心して暮らせるだろうと、家族一同、胸をなで下ろしました。
入居手続きを済ませ、勝さんが新しい生活を始めてからの最初の10日間は、家族にとって穏やかな時間でした。父に電話をすると、「新しい部屋にも慣れてきたよ」「施設のご飯も美味しい」と明るい声が返ってきます。「これで安心だ」そう思っていた矢先、施設から一本の電話がかかってきました。
施設の担当者からの話は、耳を疑うような内容でした。なんと、父が他の入居者とトラブルを起こし、口論の末、手を出してしまったというのです。施設の規約に反するため、すぐに施設に来て話し合ってほしいとのことでした。
恵子さんは慌てて施設に駆けつけました。「普段は温厚な父に限って、まさか他の人に手を出すなんて、信じられない――」。そんな気持ちで施設の説明を聞くと、発端は「隣の部屋のテレビの音がうるさい!」という注意だったといいます。そのうち口論に発展し、勝さんは他の入居者の言葉に腹を立て、感情的になってしまったのだろう――勝さんは元々プライドが高く、特に年下から意見されることを嫌う傾向がありました。施設での共同生活のなかで、他の入居者との些細な意見の対立が、逆鱗に触れてしまったのかもしれません。
施設の担当者は、このようなトラブルは初めてではないこと、他の入居者への配慮も必要であることを丁寧に説明してくれました。父は自身の行為を深く反省している様子でしたが、恵子さんの顔は青ざめていました。
「老人ホームでの生活は始まったばかりなのに――」