社会人として、ひとつの区切りになる定年。多額の退職金を手にすることも多く、その大切なお金を前に初めての投資に挑戦する人も珍しくありません。ただし初めて得られた成功体験で有頂天になり、転落していくケースも珍しくないようです。
バカでした…銀行のVIP待遇に舞い上がり、初めての投資も絶好調。「俺って才能あるんじゃない」と浮かれすぎた「退職金2,200万円」60歳・定年教師の末路 (※写真はイメージです/PIXTA)

自意識過剰で高リスク商品へ投資…後悔は突然に

林さんが次に注目したのは、ネット上で話題になっていた「海外不動産ファンド型商品」でした。表向きは、年利8~10%の安定収益をうたう商品。実際には、為替相場や特定国の経済状況に大きく左右される、いわゆる「為替連動型仕組債」でした。

 

「銀行が勧める商品より利回りが高く、自分の判断で投資すればもっと資産を増やせるはず」

 

そう考えた林さんは、1,000万円をこの商品に一括で投資しました。当初は運用レポート上でも順調な成績が続いていましたが、1年後に転機が訪れます。為替の急変動と運用会社の業績悪化により、ファンドの価格が大きく下落。解約時の評価額は半分以下となっていました。

 

林さんは目の前の数字に呆然としたといいます。

 

「投資って減ることもあるんですね――」

 

何とも当たり前のことのように聞こえますが、初めての投資で成功体験を積んだ人ほど、そのリスクを過小評価してしまう傾向があるようです。

 

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』によると、「元本割れを起こす可能性があるが、収益性の高いと見込まれる金融商品の保有」について、「そうした商品についても、積極的に保有しようと思っている」が10.9%、「まったく保有したいと思わない」は55.9%でした。60代の1割は積極的な投資を望んでいます。また60代の41.2%が元本割れの経験をし、経験者の1割は説明が足りなかったり、誤解を招く勧誘等があったりしたためと、元本割れの責任を金融機関にあると考えています。

 

どこに責任があろうと、投資は最終的に自己責任。しっかりと検討したうえで判断したいものです。

投資とは距離を置き、堅実に老後に備える

大きな損失を抱えた林さんは、その後投資から距離を置き、残った資金の大部分を元の銀行の定期預金に戻しました。以前ほどの自信も、投資に対する興味も失われたと語ります。

 

「銀行が紹介してくれたような低リスクの投資を許容できる範囲で続けていればよかった。自分の判断が正しいと思い込んでいた」

 

SNSやネット動画では、高利回りの投資や成功者インタビューが数多く拡散されています。これらは投資に対する精神的ハードルを下げてくれるものではありますが、リスクの説明は十分とはいえません。また林さんのような世代が、自分で情報を精査し、リスクを見極めるのは簡単ではないでしょう。

 

林さんは現在、年金受給までのつなぎとして学習塾でのバイトを始めました。失った資産を取り戻すことはできませんが、「生活の立て直し」は少しずつ進み始めています。

 

「投資に才能なんていらなかった。冷静さと基本的な知識があれば、こんなことにはならなかったでしょうね」

 

投資は自己責任とはいえ、その判断の多くが「誤った成功体験」や「過信」から始まることも事実です。老後の生活に不可欠な退職金を運用するという行為は、単なる投資ではなく「未来の自分の生活をどう守るか」に直結する判断であることを、忘れてはならないでしょう。

 

[参考資料]

金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査[二人以上世帯調査](令和5年)』