少子高齢化が進み、自助努力を求められる時代。老後に生活困窮に陥ってしまう人が一定数いる一方で、計画的な資産形成の成果が老後に実を結ぶ人も。しかし、経済的に豊かな老後のなかでも人生に後悔を残すシニアも多いようで……。本記事ではAさんの事例から、CFPの伊藤貴徳氏が老後の本当の豊かさについて深掘りしていきます。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
俺の人生、一体何だったんだろう…資産1億円・年金月24万円の76歳元部長、入居金数千万円の高級老人ホームに引っ越しも「不幸のどん底」と悔恨の理由 【CFPの助言】 (※写真はイメージです/PIXTA)

引き換えに犠牲にしてきたもの

一方、成功の裏でAさんが失ったものもあります。仕事一筋で過ごした日々のなかで、家族との時間、友人との付き合い、趣味や心の余裕といった“見えない資産”は、いつしか彼の生活から消えていきました。

 

「家族サービス? 日曜はゴルフコンペ、平日は接待。時間なんてなかったよ」

 

妻とはすれ違い、子どもたちの成長も仕事の合間にしか見届けることができなかったAさん。結果、子どもたちが自立したことを機に妻から離婚を切り出されてしまいます。定年離婚が話題の昨今、まさか自身が当事者になるとは思ってもいませんでした。

 

退職してからおよそ10年が経ったAさんは、長年住み慣れた自宅を売却し、都心近郊の高級老人ホームに入居しました。妻が去り、一切の家事を自分で担ってきましたが、そろそろ解放されたいと考えたこと、「資産があるうちに、安心できる場所に入っておいたほうがいい」という周囲からの助言が後押しとなった決断でした。

 

入居先の老人ホームは、ホテルのようなフロントサービスに、栄養士が考えたバランスのよい食事、最新のリハビリ施設が備わっており、個室は清潔で広々としています。スタッフの対応も丁寧で、生活に困ることは一切ありません。

 

しかし、数ヵ月が経つころ、Aさんの心には少しずつ“違和感”が芽生えていきます。

 

「〇〇さん、お孫さん、また来られてたんでしょ? うちの孫はね、今年大学に……」

 

「最近カメラを始めたんだよ、ここの庭、季節の花が綺麗でね」

 

同世代の入居者たちが交わす会話に、Aさんは笑顔で相づちを打ちながらも、心の奥に“ぽっかりと空いた穴”を感じていました。自分には、語るべき「孫の話」も、「趣味の話」も、「旧友とのエピソード」も、ほとんど思い浮かばなかったのです。思い出すのは、会議室での激しいやりとり、得意先との駆け引き、深夜のオフィスで一人資料をまとめていた光景ばかり。

 

「こんなにお金があって、住居も申し分ないのに、どうしてこんなに寂しいんだろう……」

 

心の奥に浮かんだのは、かつて仕事一筋だった日々への“後悔”でした。

 

Aさんは何度も通帳を見返します。入居金で減ったものの、預金残高はまだ数千万円。年金もきちんと振り込まれています。それでも夜になると心に押し寄せるのは「もっと別の時間の使い方があったのではないか」という思い。

 

「もっと家族のことも、自分のことも、大切にしていればよかった」