
ついに着金した老後資金「¥20,000,000」
「これで、やっと肩の荷が下りたな……」
Aさんは、スマートフォンをじっと見つめていました。画面には、Aさんのメインバンクの預金額。「振込金額:¥20,000,000」の表示が、現実感のない光を放っていました。Aさん(65歳)は、地方の製造業で40年以上勤めあげた元技術職。結婚後は2人の子どもを育て、住宅ローンも10年前に完済。性格はまじめ一徹で、浮ついた話にはどこか距離を置いてきました。いわゆる「コツコツ型」の昭和のサラリーマンです。
「俺みたいな普通の人間が、2,000万円もまとめて手にする日が来るとはな……」
長年、家計の管理は妻に任せきりでお小遣い制だったAさんは、退職金の使い道もまだ明確に決めていません。ただ、老後の生活資金として大切に残しておく。――それだけは心に決めていました。退職後の数週間は、久々に夫婦で近場の温泉に出かけたり、録画していたドラマを観たりして過ごしました。「やりたいことリスト」は特になし。毎朝の目覚ましから解放されたにもかかわらず、どこか寂しく感じる日々を過ごしていたのでした。
突然の電話
そんな穏やかな時間を破ったのが、退職金の入金があった数日後のこと。Aさんのスマホが鳴りました。画面に表示されたのは、いつも使っている銀行の名前。
「あ、Aさんですか? このたびはご退職、おめでとうございます。実は、資産運用に関して大切なお話がありまして……」電話の相手は、若手行員でした。まだ20代のような若い声で、丁寧かつスムーズに言葉を並べます。
「退職金のようにまとまったご資金、ただ預金に置いておくのはもったいないですよ。特別にご案内できる“金利優遇商品”もございますので、ぜひ一度お話だけでも……」
「……え、いや、まだなにも考えてなくて……」電話を切ったあと、Aさんはリビングのソファに深く座り直しました。