
家に帰れない…高齢者に忍び寄る「認知症」の影
元警察官の高橋清さん(仮名・79歳)は、長年地域の治安維持に尽力してきました。退職後も交通指導員として活動を続け、近所では「頼れる元警察官」として親しまれてきた人物です。しかし、最近、その様子に変化が現れ始めていました。
同じ話を繰り返す、物の置き場所を忘れる、外出の時間が長くなる――そんな兆候を見過ごしていたのは、高橋さん本人だけではありません。妻の美智子さん(仮名・75歳)や、長女の佐藤真由美さん(旧姓・仮名・53歳)もまた、「年相応の物忘れだろう」と深刻には捉えていなかったといいます。
しかし、ある冬の日、それは、突然、家族の現実として突きつけられました。
高橋さんは「散歩に行ってくる」と美智子さんに告げて家を出たまま、戻ってこなかったのです。寒さが厳しい夕暮れ時になっても連絡は取れず、携帯電話にも出ません。不安になった美智子さんは、まず真由美さんに連絡。近隣を探し回っても見当たらず、日が落ちてから、警察に届け出ました。
「まさか、本当に迷子になるなんて思いもしませんでした。父は元警察官ですし、土地勘にも自信があると思っていたんです」
高橋さんが発見されたのは、家を出てから丸1日ほど経ったあとのことでした。自宅から15キロも離れた郊外にあるコンビニの軒先で、疲れ果て、足元は泥だらけ。脱水症状と寒さで震えているところを警察官に発見されたとき、高橋さんはこうつぶやいたといいます。
「無様だな、俺も……」
認知症による徘徊。当人にとっては「ただ、家に帰ろうとしているだけ」です。その途中で道に迷い、行き先を見失い、助けも呼べずにさまよい続ける――これは他人事ではありません。