数々の苦難を乗り越え、長年の勤めを終えて受け取る退職金。初めて手にする大きな金額を前に、どのように管理し、活用していくか、新たな課題に直面する人も多いでしょう。本記事ではAさんの事例とともに、退職金の運用における落とし穴をCFPの伊藤貴徳氏が解説します。※プライバシー保護の観点から、相談者の個人情報および相談内容を一部変更しています。
過去の自分を殴りたい…退職金2,000万円・一心不乱に働き続けた65歳定年サラリーマン、元同期との再会で“驚愕の真実”を暴露「銀行を信じてバカだった」【CFPの助言】 (※写真はイメージです/PIXTA)

3つの思い込み

Bさんとの再会から数日後。Aさんはこれまでの自分の行動を振り返り、あらためて退職金という存在の重みを感じていました。

 

「一歩間違えれば俺もBのようになっていたところだった……」

 

Aさんが抱えていたのは、よくある3つの思い込みでした。そしてそれは、退職金を手にした多くの人が陥りやすい落とし穴でもあります。

 

「銀行=安心」の思い込み

Aさんが最初に抱いていたのは、「銀行が提案するものなら、安心だろう」という思い込みでした。40年近く給与の振込や公共料金の引き落としで利用してきた銀行。その名前を聞くだけで、どこか信頼感があったのです。実際、窓口で対応してくれた行員も、丁寧で礼儀正しく、安心できる雰囲気を持っていました。しかし、Bさんから聞かされた一言が、Aさんの価値観を揺さぶりました。

 

「銀行は“販売”のプロであって、“アドバイス”のプロではない場合もある。売りたい商品があるから提案してくるんだよ」

 

もちろん、銀行=悪ではありません。しかし「中立的な立場での提案」ではなく、「利益の出る商品を紹介する」という意図がある可能性を理解しておくことは、資産を守るうえで不可欠です。

 

「元本保証」と「利回り」の誤解

銀行で渡されたパンフレットには、「年利〇%」「高金利」「長期運用で安定」など魅力的な言葉が並んでいました。Aさんは、なんとなく「銀行の商品だから元本も保証されるのだろう」とまで思い込んでいた部分も。

 

しかし今回のケースのように定期預金とセットで購入する投資信託は、高利回りが期待できる反面、元本が保証されているものではありません。つまり、「高利回り」であればあるほど、それに見合ったリスクが存在するということです。Aさんはこの基本的な投資の原則を知らないまま、商品を受け入れようとしていたのでした。

 

「利回りが高いって、いいことのように聞こえるけれど、裏側にある条件をちゃんと理解しないと、痛い目にあう可能性もあるんだな……」Aさんは、自分の甘さを反省しました。

 

「時間がないからお任せ」は一番危ない判断

Aさんが退職金を受け取ったとき、銀行からの連絡はとてもスピーディーでした。「いまだけのプランです」「キャンペーン期間中ですのでお急ぎを」「人気商品で、すぐに埋まってしまう可能性があります」そういわれて、Aさんは焦りを感じ、「とりあえずプロに任せたほうが楽かもしれない」と考えました。

 

しかし、この「時間がない」「自分で調べるのが面倒」という思考こそ、最も危うい状態です。退職金は、老後の生活を支える大切な資金。急いで決める必要はなく、むしろ“じっくり考える時間”を持つことが、なによりも重要です。

 

「任せるって、楽なようでいて、すべてを委ねるリスクがあるんだな。もっと、自分で理解しようとする姿勢が必要だった」

 

Aさんは、この3つの思い込みに気づけたことで、大きな一歩を踏み出しました。「知らなかった」では済まされないお金の世界。だからこそ、「知ろうとすること」が老後のお金を守る第一歩なのです。