(※写真はイメージです/PIXTA)
元同期との再会
数日後、Aさんは自宅近くのスーパーで思いがけない人物と出会いました。
「……あれ、Aじゃないか?」
「えっ、B!? 久しぶりだな!」
声をかけてきたのは、かつて同じ部署で働いていた入社年が同じの元同期Bさん。誕生月がAさんより早いので、数ヵ月前、一足先に定年退職しています。彼もAさんと同じように家族のために懸命に働いてきました。会社での立場が似ていたこと、価値観が合っていたことから、BさんはAさんにとってともにサラリーマン生活を駆け抜けたいわば戦友です。しかし、以前の穏やかな雰囲気が失われていることに気が付きました。
「いまちょっと時間ある? せっかくだし、近くでお茶でもどうだ?」
Bさんは少し神妙な面持ちで誘ってきました。誘われるがまま喫茶店で席につき、話題は自然と“退職後の生活”に移っていきます。
「実は、こないだ退職金が入ったばかりでな。銀行から電話が来てさ、いろいろなものを勧められたよ」そういって苦笑いするAさんに、Bさんは表情を曇らせながらこういいました。
「俺も、まったく同じことをいわれたよ」
Aさんは驚きました。確かにいわれてみればそうです。あたかも自分のためだけに提案してくれているようにみえましたが、まとまったお金が入った顧客に同じような内容でアプローチしているのでしょう。それにしても、こんなに身近に同じ経験をしている人がいることに驚きました。
Bさんは「そりゃ退職金って、銀行から見たらチャンスだろうからな。俺は投資信託をまとめて買ってみたんだ。銀行にとってはいいカモだっただろうな。トランプショックの暴落で怖くなって売ってしまったんだ。大損したよ。過去の自分を殴りたいよ」と零します。
「退職金って、人生で一度きりのまとまったお金だろ? いちばん大事なのは後悔しない形で使うことだよ。銀行を信じてバカだった。でも、銀行は売るのが仕事。自分の目的に合ってるかを見極めるのは、こっちの責任だよな」
Bさんの言葉は、Aさんの胸に深く突き刺さりました。
「ついつい感情的になって悪かった。お前は俺みたいな失敗するなよ」Bさんは忠告してくれました。Aさんは返します。
「……俺、正直、安心しすぎてたかもしれない。“銀行がいうなら間違いないかも”って、思い込んでいたよ」
帰り際、AさんはBさんにいいました「ありがとうな。今日の話、聞けてよかった。もう一度ちゃんと考えてみるよ」。
Aさんはこの日、“お金の使い方”に初めて本当の意味で向き合いはじめたのです。