大学を卒業しても社会に踏み出せず、自室に閉じこもる――ひきこもりは単に個人の問題ではなく、現代社会が抱える深刻な課題の一側面です。就職氷河期、不安定な雇用、競争社会のプレッシャー……。様々な要因が若者たちを社会との接点から遠ざけ、長期化するひきこもりは、中高年の世代をも巻き込む深刻な事態となっています。本記事は、岡本圭太氏の著書『ひきこもり時給2000円』(彩流社)より、同氏の実体験からひきこもりの当事者と家族の葛藤をみていきましょう。
トイレに行くタイミングをはかり、夜中に冷蔵庫を襲撃…早稲田大卒・氷河期世代の当時24歳男性が実家で過ごした「ひきこもり生活」 ※画像はイメージです/PIXTA

親も子どももお互いさま

奇妙に静まり返った部屋の中、僕は家族の足音に耳をそばだてる。僕は自室にいて物音を立てない。自分の気配を、自分の存在を極力気取られたくない。親の足音が階段を上がってくる。一歩、そしてまた一歩。その不吉な足音が僕の部屋のドアの前を通り過ぎる時、僕の心臓は一瞬小さく縮み上がる。心臓が鼓動をやめ、僕は思わず目を閉じる。いつか親がドアノブに手をかけて、働けない自分を悪しざまに糾弾するのではないかと恐れる。

 

そして、足音がドアの前を通り過ぎると、僕はゆっくりと胸をなでおろす。一日に何度もそれをくり返す。親の一挙手一投足にいつも怯えていた。だから日曜日の居間なんて、とてもじゃないけど降りてはいけない。新聞の日曜版に挟まれた求人広告を目にした父が何か言ってくるんじゃないかと、常に戦々恐々。日曜の昼間に父親のいる居間に降りていくなんて、銃弾が飛び交う戦場にわざわざ自分から出て行くようなものだ。

 

よって、僕は自室で一日中息を殺すことになる。トイレに行くタイミングも慎重にはかり続ける。夜中に冷蔵庫を襲撃して、冷えた食材を静かに食べる。

 

……という話をある親の会でさせてもらったら、ある親御さんから、「子どもの足音に耳をそばだてているのは、親も同じなんですよ」と教えてもらった。なるほどそうか。そういうのってお互いさまなのかもしれないですね。

 

(2015年4月執筆)

 

 

岡本 圭太