超低金利時代に突入して久しく、「預けるだけではお金は増えない」といわれるなか、退職金をきっかけに投資を始める人が増えています。特に銀行や証券会社による勧誘や説明会を通じ、「長期的に見れば安全」と安心を覚えて資産運用に踏み出すシニア層も少なくありません。しかし投資初心者にとって、昨今の市場の動向はなかなか堪え難いもののようです。
ありえないだろう!銀行に勧められたからと「退職金2,500万円」で投資デビュー。「年金月18万円」お金の不安は一切なしの〈65歳・元教員〉の悲鳴 (※写真はイメージです/PIXTA)

「安心」を信じた結果…初めての投資でつまずいた65歳

「退職金は、最後のまとまったお金ですから」――会社員生活を終えた直後の65歳にとって、その重みは大きいものです。長年働いて得た2,500万円。堅実に使えば老後の暮らしは安泰に思えますが、ここに“投資”という選択が加わると話は変わってきます。

 

定年を迎えたばかりの菅原徹さん(仮名・65歳)。ある日、お金を引き出しに銀行に行った際、壁に掲示されていた「ライフプラン相談会」という1枚のポスターが目に入りました。そこに「退職金の使い道、お決まりですか?」の文字。菅原さん、65歳の定年時に2,500万円ほどの退職金を受け取ったばかり。「使い道といっても、万一のために使わないで取っておくこと以外、何かあるのか?」。疑問を覚えた菅原さんは、気軽な気持ちで相談会に参加しました。そこで初めてお金を「貯める」「使う」以外の方法を具体的に知ります。

 

教員として45年近く働いてきた菅原さん。「投資はギャンブルみたいなもの」と、これまで遠ざけてきました。「立場的によくないと思って」。しかし説明会に参加して、「貯金しておくだけもリスク」であることを知ったのです。

 

「最近は値上げばかりですし、貯金しても利子はほとんどつかない――確かに“貯金しておくだけ”はリスクですね」

 

そこで一念発起した菅原さん、初めて投資に挑戦することに。投資初心者で、正直、何度説明を聞いたところでよくわかりませんでしたが、とりあえず退職金の半分を投資にまわすことにしました。まず銀行から「長期で保有すれば安定的に運用できます」「元本割れリスクはあるが、今のような低金利下では預金よりも効率的」と説明された投資信託。さらに高配当が期待できる株式にも投資をしました。

 

「バランスのよいポートフォリオを構築することが大切です」

 

ポートフォリオとは――よくわかりませんが、銀行が言うことを信じていれば大丈夫だろう、そんな気持ちもありました。しかし投資経験のない人にとって、金融市場の動きは想像以上に過酷でした。

 

投資を始めてからしばらくは増えていく評価額にウキウキしていたといいます。そこに訪れたのが、2024年8月5日。いわゆる「令和のブラックマンデー」です。日経平均は12.4%も下落し、史上最大の下落幅を記録しました。投資初心者は初めてのことに大慌て。

 

「投資はお金が増えることもあれば減ることもある。わかったつもりでいましたが、いざ自分のお金が減っていくのを見ると、想像以上に動揺しました」

「損しても納得できるか」…はじめに考えるべきだった視点

菅原さんはすぐに銀行に電話をして投資信託等を売却してしまおうと考えましたが、「一喜一憂せずに、長期的な視点で運用していったほうがいい」というアドバイスを受け、踏みとどまったといいます。

 

その後、株価は回復し、「あのとき、焦って売却しなくてよかった」とホッとひと息ついたのも束の間、今度はトランプショック。これまで経験したことのない株価の乱高下。また右往左往するしかなく、疲れ切ったといいます。

 

「こんなに株価が上がったり下がったり……ありえないだろう!」

 

焦りと不安に駆られてばかりの菅原さん。自分は投資に向いていないと、どこかのタイミングですべて売却しようと考えているといいます。

 

銀行での勧誘に限らず、近年は高齢者を対象とした資産運用セミナーやパンフレットも増えています。「資産を守る」「預金より増える」「賢い人は始めている」といった言葉が踊るなか、将来への不安を抱えるシニア層がその言葉に引き寄せられる構図はそう珍しくありません。

 

実際、菅原さんも「リスクがあるとは説明されたが、銀行が勧めてくるものだから安全だと思った」と語ります。長年付き合ってきた金融機関が親身に相談に乗ってくれたことも、判断を後押しした要因だったそうです。

 

しかし、結果的に悔やむのは投資そのものよりも「自分自身の覚悟のなさだった」と菅原さん。もし評価額が半分になっても「それでもいい」と思えたなら、精神的な動揺も少なかったでしょう。ところが、実際には値動きのたびに不安になり、「投資そのものが怖い」と感じるようになってしまったのです。

 

「他人がすすめているから」「みんなやっているから」といった他者軸での判断で投資に初チャレンジするシニア層は珍しくありません。そういう場合、利益が出ているときは問題ありませんが、ひとたび損失が出ると手のひらを返したように責任転嫁をするケースも。いつ投資デビューをしようとも、自分軸を大切にすることが重要です。