(※写真はイメージです/PIXTA)
行き慣れたスーパーからの帰り道で迷子…警察に保護される
ある日のことでした。久子さんは、いつものように近所のスーパーへ買い物に出かけた帰り道、突然、自分がどこにいるのか分からなくなってしまいました。歩き慣れたはずの道が、まるで初めて訪れた土地のように感じられ、立ちすくんでしまったのです。道行く人に助けを求めることもできず、久子さんはうろうろと歩き続け、やがて通報を受けた警察に保護されました。財布に入っていた保険証から身元が判明し、連絡を受けた綾子さんが駆けつけます。久しぶりに会った母の姿に綾子さんは言葉を失いました。
「どうして?何があったのよ」
警察署の一室で待っていた久子さんは、困ったような笑顔を浮かべながら「大丈夫よ、ちゃんと自分で帰れるから」と言いました。しかし、その場にいた警察官が静かに告げます。
「実はお母さま、最近、病院で認知症と診断されていたようです」
久子さんは、数週間前に受けた物忘れ外来の結果を綾子さんに伝えていませんでした。医師からも「軽度の認知症が見られる」といわれていたにもかかわらず、久子さんは「娘に心配をかけるわけにはいかない」と、誰にも話していなかったのでした。また認知症を発症したこと、そのことを伝えられていなかったことに、綾子さんは大きなショックを受けました。
株式会社ダスキンが行った『親のいまに関する親子2世代の意識調査』によると、子世代の約4割(38.4%)が親の老いに向き合えていないと回答し、約3人に1人(36.0%)が親の老いを見て見ぬふりをした経験があると回答。親世代と子世代の間で「老い」に対する意識の違いが明らかになりました。
また長寿化の影響で、認知症患者は増加の一途を辿っています。九州大学『認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究報告書』によると、65歳以上で何らかの介護・支援を必要とする認知症の人は、2030年には約523万人、2060年には約645万人になると推計されています。
久子さんはその後、医師の勧めもあり、介護サービスを利用しながら在宅での生活を続けています。訪問介護の導入や見守りサービスの利用、地域包括支援センターとの連携などを通じて、綾子さんも定期的に母の様子を見に行くようになりました。「迷惑はかけない」ではなく、「頼りながら生きる」ことが大切な時期に入ったのだと、2人ともようやく受け入れられるようになったのです。
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