
循環経済ビジョン2020から5年~「つかう責任」地方創生2.0~2030年に向けたローカルSDGsの課題消費者の役割が重要に
「循環経済ビジョン2020*」において、線形経済(大量生産・消費・廃棄の一方通行の経済)から、循環経済(資源を効率的・循環的に利用して、付加価値の最大化を目指す経済)への移行が示されてから、今年2025年で約5年が経過する。
*2020年5月に経済産業省が公表
SDGsの目標達成に向けて、ビジネスセクターが果たす役割は大きい。企業と投資家が建設的な対話を通して中長期的な視点でレジリエントな循環経済の構築していく上で、サステナビリティ開示情報の充実は、今後もより一層図られるべきである。
その一方で、循環経済への転換は、消費者による企業活動への適正な評価や行動も前提となる。そのためには、エシカル消費の普及・浸透など、消費者の主体的な取り組みへの啓発が欠かせない。そして、その構図は、地方自治体と住民の関係においても同様であろう。
政府のSDGs実施指針*1では、「SDGs推進の目的は、企業・地方・社会を変革し、経済成長を実現する」こと、そして「世界に展開」することが目的とされている。SDGs推進活動は単なる3R/4R活動に留まるものではない。
徳島県の好事例は、地方自治体が消費者を啓発しながら、「産学官金労言士」のパートナーシップを牽引するコーディネーターの役割を果たした上で、地域の環境、社会と経済成長の両立を目指す変革活動(トランスフォーメーション)であり、サステナブル・マーケティング活動*2(持続可能なマーケティング志向)のモデルケースでもある。
*1 持続可能な開発目標(SDGs)実施指針(2023年12月19日 内閣官房SDGs推進本部決定)
*2 ニッセイ基礎研究所 基礎研レポート(2024年10月)「実効性と成果が問われ始めた企業のサステナビリティ推進」を参照
地方創生2.0 SDGsをめぐる今後の課題~好事例の「普遍化」と既存計画のフォローアップ
その一方で、地方創生2.0の「基本的な考え方」*では、過去の地方創生の取り組みについて「好事例を『普遍化』して、人口減少や東京一極集中の流れを変えるには至らなかった」と総括されている。
*地方創生2.0の「基本的な考え方」概要(2024年12月24日 新しい地方経済・生活環境創生本部決定)
SDGsはあくまでソフトローに過ぎず、自治体関係者からは、SDGS の実践では、首長のイニシアティブや公約、部局間の調整、議会対応など、多くの実務的な調整が必要であるため「一筋縄ではいかない」との声も聞かれる。地方創生SDGsの課題は、そのような声にも配慮しながら、過去の好事例をどのように全国に波及させるかであり、それら計画の評価とフォローアップも同様である。
SDGsモデルの普遍化に向けたデータ整備の現状
好事例の普遍化に向けて、先の「基本的な考え方」では、RESAS(Regional Economy Society Analyzing System )*などの客観的なデータ利活用の有効性を指摘している。自治体の現状をデータで分析し、計画に広い支持を得ることや、活動をモニタリングして成果を客観的なデータで示すことは、好事例の普遍化に向けた一里塚である。
*地域経済分析システム(RESAS):産業構造や人口動態、人の流れなどに関する官民のビッグデータを集約し可視化を試みるシステム
「官民データ活用推進基本法」(2016年)の制定、「官民データ活用推進基本計画」(2017年)の策定以降、国と地方自治体は、課題解決に対するオープンデータの利活用を推進してきた。
前述の「コレクティブ・インパクト」に必要な要件は、共通のアジェンダ(Common Agenda:参加組織で共有されたビジョン)と、共有の測定システム(Shared Measurement Systems:進捗と成果を測定するための共通の指標・データ)とされる*1。
このモニタリングの指標としてSDG Indicators(持続可能な開発目標のためのグローバル指標枠組み)*2が知られているが、日本の国情に十分に適合していない項目も見られたことから、現在は、内閣府が国内地方自治体で使えるようにローカライズした「地方創生SDGsローカル指標*3」が地方自治体で活用されている。
*1 Kania, J., & Kramer, M. (2011). Collective impact. Stanford Social Innovation Review, 9(1), 36–41.
*2 SDGsの進捗を監視するための包括的な指標のセットで248の指標がある。国連統計委員会第48回会合で2017年3月に合意
*3 内閣府が提供している指標。SDGsのグローバル指標枠組みをもとに、地方自治体の現状に適応させた形でローカライズされた。
また、過去には公的統計へのアクセスのハードルを指摘する声も見られていたが、データ活用基盤として、RESASや、大学機関と民間の共同開発による「ローカルSDGsプラットフォーム*」が整備されており、SDGsローカル指標リストに準拠したオープンデータがワンストップで提供されている。
*日本版のローカルインジケーターであり、公的統計で自治体の実態を可視化するプラットフォーム。法政大学 川久保研究室とESRIジャパンが共同開発。自治体SDGs推進評価・調査検討会の「地方創生SDGsローカル指標リスト」(2022年9月改定)に準拠。
また、地方自治体によるSDGs政策へのデータ利活用の事例として、北海道札幌市が2022年10月に策定した「第2次札幌市まちづくり戦略ビジョン 」*がある。札幌市はこのビジョン策定の過程で、SDGsローカル指標で他の政令指定都市との比較分析を綿密に行っており、地方自治体のSDGs関連の計画策定におけるデータ利活用の好事例として知られている。
*北海道札幌市「第2次札幌市まちづくり戦略ビジョン(本書・概要版)」2023年10月策定
しかし北海道札幌市のように計画策定業務や推進・実践段階で、SDGsローカル指標を活用していく動きを含め、地方自治体のデータ利活用は、まだまだ十分とは言えない*との指摘もみられる。
*野村敦子, 川島宏一, 有田智一. (2021). 地方自治体のオープンデータ施策の実態と取り組み内容に影響を与える要因に関する研究. 情報通信学会誌, 39(2).
地方創生SDGs計画のKPI達成に向けたマネジメントシステムの提案
前掲の自治体向け全国アンケート結果によれば、自治体内部のSDGs推進を阻むバリア―の上位は「行政内部の理解、経験や専門性が不足している(32.7% n=1501)」となっており、データを行政業務に取り入れて利活用するための具体的なステップや方法論がまだまだ十分ではない可能性も伺える。
たとえば、データの利活用の方法論として民間企業や自治体が立案したサステナブル経営計画のKPI達成を目指すマネジメントシステムである、「Balanced Scorecard for Triple Bottom Line Strategies(以降、単純化のためサステナビリティ・バランスト・スコアカード:Sustainability Balanced Scorecard:SBSC)35」の研究が知られている(図表1)。
*Kaplan, R. S., & McMillan, D. (2020). Updating the Balanced Scorecard for Triple Bottom Line Strategies (Harvard Business School Accounting & Management Unit Working Paper No. 21-028). Harvard Business School.
これは民間や公的機関のサステナビリティ経営に対応させた、BSC(Balanced Scorecard)の改良型に相当するマネジメントシステムである。
BSCとは、企業や公的機関の「財務指標(例:売上・利益)」のみならず、非財務指標の「顧客」「内部プロセス」「学習と成長」を組み合わせた、新しい業績評価システムとして1992年に提唱*された。
*Kaplan, R. S., & Norton, D. P. (1992). The balanced scorecard: Measures that drive performance. Harvard Business Review, 70(1)
SBSCは、トリプルボトムラインを目指すSDGs活動に対して、統合的・中長期的な成果を評価できるようにBSCを改良したものである。特に注目すべきは、「ステークホルダーとの協働」「エンゲージメント(組織内外の関与と協力)」項目に対してKPI設定を推奨している点であろう。
地域住民・消費者、民間事業者等による日常的なSDGs活動と、地方自治体の計画におけるKPI指標の間に距離があり、地域のサステナビリティへの直接的な貢献実感を伴わないとの声もあるなかでは、SBSCを共に作成することで、両者を同一のマネジメントシステムで紐づけ、ステークホルダーのSDGs推進を動機づけながら、同時にアカウンタビリティを創出していくことができる可能性もある。
今後は、産学官金労言士のパートナーシップ、住民・消費者との協働の重要さが増すと思われる。SBSCの様なマネジメントシステムを、どのように自治体計画立案や推進過程で稼働させ、パートナーシップや協働に活かすのか、地域創生SDGsのデータ利活用における新たな課題ではないだろうか。
地方創生SDGsの成果を、データで「細やかに」「ダイナミック」に捉える
一般的に、モニタリング指標に用いるデータセットは、SDGsターゲットとの関連性は無論のこと、入手が安価で継続的なデータ収集が可能、かつ経年分析や自治体間の比較ができることが望ましい。そのため、必然的に「再生可能エネルギー導入量」「家庭ごみ排出量」「観光消費額」などの、公的統計の引用・加工・集計データがKPIとして多く用いられている。これらのデータは、SDGs推進との関連性が担保され、指標化しやすく、アウトカムに落としやすい。
しかし、地域住民や消費者のSDGs政策に対する「支持」「自律性」など、前掲のSBSCにおける「ステークホルダー」視点や「エンゲージメント視点」の活動水準を十分に捉えていない面もある。
一般的に、ビジネスで用いられるKPI指標は、売上や利益等のハードなKGI(Key Goal Indicator)と、ブランド認知など消費者の活動水準を表すソフトな中間指標の両方が設定されることが多く、KGIの達成状況を中間指標で分解して本質的な問題点を特定して対策を講じることが多い。
サステナブル・マーケティングの視点では、従来の公的統計に基づくKPIと、たとえばデジタル庁の「地域幸福度(Well-Being)指標*」のような包括的なKGI(Key Goal Indicator)指標や、ニッセイ基礎研究所の本稿調査のような、地域のステークホルダーの事実認知や意識を計測した中間指標を併用して、「ステークホルダー」や「エンゲージメント」視点の様な活動水準にも着目しながら、より細やかに、ダイナミックに地方創生SDGsの成果をデータで捉える視点も必要と思われる。
*一般社団法人スマートシティ・インスティテュートが作成・開発したLiveable Well-Being City指標®の別称。デジタル庁が市民の「暮らしやすさ」と「幸福感(Well-being)」を共通の指標としてダッシュボードでデータを提供している。