
食堂でひとりたたずむ母親に違和感「何かがおかしい…」
母親が入居できる老人ホームを探し始めた林さん。そのなかで気になったのが、実家からも林さんの自宅からもほど近い介護付き老人ホーム。入居に際しかかる入居一時金は100万円。これは貯蓄から払い、さらに月額費用は18万円。母親の年金は月19万円、手取りで16万円ほどなので、月5万円ほど貯蓄からと取り崩せば、雑費含めて賄えそう。計算上、生涯入居できそう。リーズナブルな価格のほか、なによりも、何かあったらすぐに駆けつけられるロケーションが気に入ったといいます。
こうして、母を老人ホームに預けることにした林さん。毎週面会に訪れましたが、仕事の繁忙期、2ヵ月ほど面会にいけないときがありました。多忙な日々が落ち着き、久々にホームに訪れたとき、ふと違和感を覚えたという林さん。ただその違和感の正体がわからないまま、母親の居室に向かおうとすると、食堂にひとりいる母親をみつけたといいます。
林さんは「普段、母はどんな生活をしているんだろう」と、声をかけずに観察することにしたといいます。ただ母親は食事が終わったのか、ボーっと1点をみつめています。そんな母親に声をかける職員もいません。そこで林さんはホームを訪れたときに覚えた違和感の正体に気が付いたといいます。
それは、受付以外で職員に会っていないということでした。以前訪れたときは、居室に向かうまでに何人もの職員とすれ違い、そのたびに「こんにちは」「こんにちは」とあいさつをしたものでした。それが今日はまったく職員にあっていなかったのです。
痺れをきらし、母親のところに駆けつけた林さん。そして何とか施設長をみつけ、自分が抱いた違和感について聞いてみました。理由はスタッフの大量離職。実は比較的近所に新しい施設がオープンし、このホームからも多くのスタッフが転職していったといいます。そして採用活動をしているものの、まったく補充ができていないのだとか。
――圧倒的に職員が少ないなか事故が起きたら……そんな危険なホームに母親を預けることはできないと、すぐに退去を決断しました
ホームに入居して半年後の出来事でした。
昨年、株式会社キャリアが介護業界関係者に対し行った『介護業界の課題に関する意識調査』によると、介護業界全体の課題として89.5%が「人手不足」と回答。また施設経営者・採用担当者に「現在の経営課題」を尋ねると、トップが「採用活動がうまく進まない」で59.3%でした。また介護従事者に「現在働いている介護施設で改善してほしいところ」を尋ねると、トップは「給料アップ」で81.5%。「人手不足が改善」が63.6%で続きました。
145の職種の平均給与を公表している厚生労働省『令和5年賃金構造基本統計調査』によると、介護関連の職種では102位に「介護支援専門員(ケアマネージャー)」で平均月収27.4万円、120位に「訪問介護従事者」で25.0万円、122位に「介護職員(医療・福祉施設等)」で24.1万円。介護業界は明らかに給与水準が低く。そのことが慢性的な人手不足を招いていることは、この調査からも明らかです。
林さんの後日談。退去したホームは、費用的にも安く、それゆえ職員の給与も安かったのだろうと推測。多少コストがかさんでも、安心して母親を預けることができるホームを探しているといいます。
[参考資料]