
「自分の強み」がわかった日
そんなある日のこと。いつものように朝の特訓を終え、肩を落としてデスクに戻ると、隣の席の先輩が声をかけてきました。 先輩は社内一の売れっ子営業マンで、早朝の特訓にもなかなか来られない多忙な人でしたが、その日はたまたま遭遇したのです。
「お疲れ。その顔は、またうまくいかなかったん?」
暗い顔でわたしがうなずくと、わかりやすいな、と先輩はケラケラ笑いました。そして次の瞬間、こう言ったのです。
「まあ、愛さんはマジで喋るの下手やもんね。ロープレで話し方中心に鍛えても、なかなかうまくならんやろなー。でもさ、愛さんは喋ることより“聞くこと”のほうが得意なんちゃう? 俺はそっちの強みを活かせばいいと思うけどなあ」
ん? 先輩はなにを言ってるんだろう……? 脳がフリーズし、困惑した表情を浮かべるわたしを見ながら、先輩は続けます。
「愛さんって、会社でみんなの話を最後まで邪魔せず、真剣に聞いてるイメージなんよね。人の表情とかもじっと見て、気持ちを読み取って動いてるように見える。俺もそういう共感力みたいなものがあったらって思わされる。愛さんは気づいてないかもしれんけど、それはきみの才能やと思うよ」
え……? わたしの……才能? 「話を聞くこと」「共感すること」って、こんなものが……?
ガツンと頭を殴られたような衝撃のあと、目の奥からジワっと涙があふれてきました。「これがきみの才能だ」なんて言ってもらったのは、生まれて初めてだったからです。「人よりできないこと」が圧倒的に多くて、ずっと「自分には才能なんてない」と思って生きてきたわたしにも、なにかの長所があるのかもしれない、と一瞬でも思えたことがすごくうれしかった。
「愛さんは喋ることより“聞くこと“のほうが得意なんちゃう?」
さっき先輩がくれたこの言葉の意味を、わたしは頭の中でずっと考えていました。今はまだ全然信じられないけど、もしも先輩が言うとおり、「聞くこと」がわたしの強みなんだとしたら……、それをやってみろってこと?
翌日、タイミング良く入っていた商談の場で、わたしはためしに「話を聞くこと」だけを意識してみることにしました。 今までのようにプレゼンの台本をがっつり準備するのではなく、一枚の「質問リスト」だけをにぎりしめて。それは、見込み客の情報を調べて、気になったことをとにかく紙に書き出したもの。
こんなたった一枚の紙切れしか持たないことに不安で仕方ありませんでしたが、「とにかくこれは検証だから!」と自分を奮い立たせて商談に向かったのでした。
土谷 愛
mideal inc.
代表取締役社長