長いお勤めの末に手にする退職金。大切な老後資金の一部ですが、「退職金で住宅ローンを完済」と考えている人も多いようです。返済負担から解放され、「よし、これから資産形成だ」と頑張っても、そううまくいく話ばかりではありません。
やめておけばよかった…勤続38年・60歳の中小企業サラリーマン、「退職金1,000万円と貯蓄300万円」で「住宅ローン完済」も、10年後思い知る過ち (※写真はイメージです/PIXTA)

60歳以降、思うように資産形成が進まず…「退職金が残っていれば」

60歳で住宅ローン返済から解放された中嶋さん。老後を見据えた貯金は残り400万円。それまで働いていた会社はやめて再就職。契約社員での採用で、月収は30万円ほどと、それまでの4割程度になりました。

 

――契約社員であること、勤務時間が正社員よりも短いことを考えたら、妥当な金額だと思いました

 

60歳以降、住宅ローン返済分をそのまま貯蓄にまわすことができるため、5年で800万円ほど貯められると考えていました。しかし給与が減ったり、想定外の支出もあったりして、目標額の半分くらいにとどまったといいます。

 

65歳で貯金800万円。そして65歳から受給を開始した年金は夫婦で月22万円。手取りにすると19万円ほどです。

 

――正直、苦しいですよ。でも年金のなかで暮らしていかないと破産してしまう。仕方がないですよね

 

総務省『家計調査 家計収支編 2023年平均』によると、高齢夫婦の1ヵ月の支出は平均25万0,959円。このなかには住居費1万6,827円が含まれているので、持ち家であれば月23万円程度が平均的な支出でしょうか。財布をきゅっとして無駄な出費を抑える……「思い描いていた老後は、もっと楽しいはずだったのに」。そんな思いも沸いてきたといいます。

 

そして70歳。大きな出費で、万一のために確保していた800万円を取り崩すことになります。まずは家の修繕。このまま住み続けるか、それとも住み替えるか。2択に迫られましたが、前者を選んだ中嶋さん。屋根、外壁、そして今後も住み続けることを想定してバリアフリーのリフォームも行いました。総額350万円。

 

そして中嶋さんの93歳になる母親が大往生。子どもたちに負担をかけたくないから自分たちの代で、という思いで墓じまいをすることにしました。お墓の撤去、お布施、離檀料、埋葬費、入檀料……総額120万円ほどかかったといいます。

 

この2つで、残り300万円ほど。先のことを考えると、不安で不安で仕方がない貯金額だといいます。

 

――最近は物価が高くて。それでも孫にもお金を使いたいですし、たまに赤字になって少し貯金を取り崩すこともあります。これからは自分たちの医療費や介護費も増えていくでしょうし……300万円ほどの貯金で対応できるのでしょうか

――あのとき、住宅ローンを完済せずに退職金を残しておく選択をしたら違ったのかな。でも、70歳までローンを抱えているのも現実的ではありませんでしたし……どうするのが正解だったのでしょうか。そもそも家を持つこと自体、私たちには身の丈以上だったのかもしれません

 

70代にしてつきまとうお金の不安。中嶋さんの場合、これからリカバリーするのは大変なこと。年金と貯金で、なんとか生き抜いていくしか方法はありません。

 

昨今は住宅の購入年齢があがり、それに伴い、完済年齢が75歳、80歳ということも珍しくありません。年金生活に入ってからのローン返済は大変なのは目に見えているので、「退職金で完済」を織り込み済みという場合も多いでしょう。しかし退職金で住宅ローンを完済した場合、老後、生活が困窮する場合があります。

 

退職金で住宅ローンを完済するのがいいのか、それとも止めておいたほうがいいのかは人それぞれ。綿密なシミュレーションのもと、決断したいものです。

 

[参照資料]

東京都産業労働局『中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)』

総務省『家計調査 家計収支編 2023年平均』