(※写真はイメージです/PIXTA)

クリニックのオーナーや医師個人としても注意すべき「応召義務」。近年、医師の働き方改革やカスタマー・ハラスメントとの関係でも話題に出ることが多いものですが、その内容についてはまだまだ理解が進んでいないのが実態です。現場の医師が疲弊しないためにも、応召義務について正しく理解し、患者と適切に向き合うことが必要です。具体的な例を交えながら解説します。本連載は、コスモス薬品Webサイトからの転載記事です。

「応召義務」の概念と定義

そもそも、応召義務とは、どのようなものでしょうか? これは、医師法19条1項にて定められたものであり、同項は、下記のように記されています。

 

「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」

 

この規定だけを見ると、「患者から診療を求められた場合に拒否することができないのではないか?」「正当な事由がどういうものかわからない」と不安になり、医師やクリニックのスタッフが委縮してしまうことも十分あり得ます。

 

とはいえ、いかなる場合であっても患者からの診療依頼を断ることができないとすれば、クリニックとしては働き方改革における診療時間の問題やカスハラの問題など、新たな問題を抱えることにつながりかねません。

 

加えて、近年の医療提供体制の変化を踏まえて、令和元年12月25日に厚生労働省より応召義務に関する新たな通知(以下「通知」といいます)が出されるなど、にわかに注目を浴びている分野であるともいえます(参照:厚生労働省「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf)。

 

そこで、応召義務に対し、どのように向き合っていくべきか、しっかりと検討する必要があります。

応召義務の法的位置づけ

そもそも、応召義務に違反したらどのような結果となるのか、理解している方は少ないでしょう。「法律上の義務だから違反してはいけない」と、端から思い込むのではなく、その法的位置づけから理解することが重要です。

 

医師法上の応召義務は、開業医・勤務医であることを問わず、医師個人が国に対して負う公法上の義務であると理解されています。

 

つまり、応召義務に違反したことによって、医師個人が刑事罰の対象となったりすることはなく(刑法上の義務ではない)、また、患者に対して医師が直接応召義務を負う(民事上の義務でもない)というものでもありません。さらに、医師法上、応召義務違反による医師免許に対する行政処分はあり得るものの、処分がされたという実例が確認されたことはありません。

 

そのため、応召義務違反が生じたとしても、直接的に刑事罰や民事上の義務違反につながるものではないと理解されています。この点は、クリニック経営者や医師にとって、重要な解釈であり、ぜひ押さえておきたいところです。

 

もっとも、応召義務違反になった場合、なんらの責任追及がされないということではない点には注意が必要です。

 

過去の裁判例では、「応召義務が患者の保護のために定められた規定であることに鑑み、医師が診療拒否によって患者に損害を与えた場合」には、民法上の不法行為の過失が認定されうる(=損害賠償請求が認められる余地がある)と判断した例もあります(千葉地裁昭和61年7月21日判決等)。

 

このことから、間接的に、「応召義務違反によって損害が生じた場合」といえる場合には、損害賠償請求の対象となる点には注意が必要です。ただし、応召義務による損害賠償請求の裁判例はまだまだ数が多いものではなく、容易に認められるものと一般的にいえる程度ではないと考えることができるでしょう。

「正当な事由」とはどのようなもの?

それでは、応召義務違反とならない「正当な事由」はどのような場合に認められるか、解説していきます。応召義務違反とならない「正当な事由」の有無については、各類型に分けて説明することができます。

 

(1)診療時間内か否か、専門領域か否か

この類型の場合は、非常にシンプルであり、診療時間内であれば又は専門領域(診療可能な疾患)であれば、応召義務を負うと理解されており、当然の帰結といえるでしょう。診療時間外や専門でなく治療ができない場合は、「応急的に必要な処置をとることが望ましい」とされてはいますが、応召義務を負うものではありません。

 

なお、前記通知では、「緊急対応が必要かどうか」によって分類がされていますが、こちらも基本的には同じ考えで整理が可能です。

 

そのため、緊急対応の要否に関わらず、診療時間内や専門領域であれば応召義務を負う、そうでない場合には応急的な処置をすることが望ましいが応召義務を負うものではない、と理解することが最もシンプルな理解といってよいでしょう。

 

(2)その他の個別類型について

(1)より判断が容易ではなく、クリニックや医師が判断を悩ます点が、個別類型についてでしょう。細かな事例を挙げていくときりがないところですが、典型的な類型については、概要を把握し、日々の対策に活かすことができます。

 

(ア)患者の迷惑行為・カスハラ

最もトラブルになりやすい類型がこちらといえるでしょう。患者の行った行為が、正当な範囲を超え、迷惑行為やカスハラといえる範囲になれば、応召義務を負わないとされていますが、どのような場合に迷惑行為・カスハラにあたるかはケースバイケースで難しい問題です。

 

一定の目安になりうるものとしては、

 

●暴行や暴言を医師・職員に行う

●大声で怒鳴るなど他の患者の迷惑になる言動を行う

●執拗な謝罪要求を行う

●医師の判断に従わず、自己判断による診療要求・処方箋要求を行う

 

が挙げられ、これらに該当する場合には応召義務を負わないと考えられます。

 

患者にこのような言動が見られた場合には、「当クリニックでの診療はできない」旨を伝えて、毅然と対応するべきです。また、一見して該当するかどうか難しい場合には、「本日の診療はむずかしいので、一度日を改めて検討させてください」と回答し、専門家への判断を仰ぎましょう。

 

(イ)医療費支払いを拒否する患者

また、医療費不払もまた、応召義務との関係で問題となります。一般的には、医療費不払のみをもっての診療拒否は正当化されないが、悪意を持って敢えて支払わない場合には、応召義務を負わないと理解されています。

 

医療費不払にもさまざまなパターンがあり、単に支払ができない場合(保険証を忘れてしまい、10割負担に相当する医療費を持ち合わせていない場合など)と、身勝手な理由で支払い拒否をする場合とで峻別しているということです。

まとめ

医師は、その業務の公共性や独占性からさまざまな義務を負い、応召義務はその典型例といえます。国民の健康という観点から、広く診療を行ってもらいたい反面、近年の働き方改革やカスハラという問題から身を守る必要もあるでしょう。

 

このような応召義務については、今後さらに大きな問題となることも想定されます。これらに悩むクリニックは、大きなトラブルになる前に、一度体制の確立・専門家への相談を検討することも重要です。

 

 

弁護士法人山村法律事務所

弁護士 寺田健郎

 

 

 

寺田 健郎
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