誰にでも死は訪れます。大切な家族の最期のあり方を想像したことがあるでしょうか。もし認知症などにより本人の意思確認が困難となったとき、延命処置を施し生き永らえさせることについて、どう考えるでしょうか? 本記事ではYさん家族の事例とともに、終末期の介護の実態を長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。
延命を願った「妻」…年金20万円の認知症終末期・85歳夫の「胃ろう」、50代の子どもたちは望まなかったワケ【FPが解説】 (※画像はイメージです/PIXTA)

介護から離脱してお金の管理だけする内縁の妻

そこから内縁の妻Tさんは介護にはまったく関わらなくなりました。ほとんどを長女Rさんがこなすように。長女Rさんは仕事を辞めたため無収入です。父親Sさんの年金(月額20万円)とTさんの自分の年金(金額不明)は、すべてTさんが管理していて、介護費用の自己負担分も長女Rさんが支払っている状態です。長女Rさんの預貯金1,000万円から、介護費用とTさん分を含めた生活費が支払われています。Rさん自身の自分の国民年金保険料は支払えていないため、今後仕事に復帰できなければ、いずれRさんの生活は破綻してしまいます。

 

心配する長男Yさんが妹に毎月7万円の援助を続けていましたが、それで足りるわけもありません。施設に入所させて、長女Rさんが就職をしたら解決するのではと何度も説得したのですが、その都度Tさんが反対するのだと聞きました。

 

「Tさんも悪い人ではないし、実の父親のことだから在宅で頑張ってみるよ。それにお父さんはそう長くないと思うし……」長女Rさんはそう言っていました。

 

介護費用も払わないのはTさんが内縁だからなのか、結婚に反対したことを根に持っているのか、長男Yさんにはわかりません。それから5年が経ち、父親Sさんは認知症末期の状態に。

胃ろうの造設検討で家族トラブルに

父親Sさんは意思疎通がまったくできず、嚥下障害もあり、口から食事をすることが極めて困難になりました。医師からは「胃ろう」を造設する方法もあると説明を受けましたが、長男Yさんは「自分が誰かさえわかっていないような父親を、胃ろうで延命させてなにになるのか」と強く反対の姿勢です。胃ろうを造設したら受け入れてくれる施設は少ないと聞きます。在宅の場合、ただでさえ付きっ切りなのに、もう外出さえ難しくなるのではないかと長男Yさんは想像してしまいます。

 

それに、父親の命はもう長くはないはずです。わずか数日、数週間寿命が延びたところで本人は幸福なのか。

 

実は父親Sさんの弟、つまりYさんの叔父はかつてALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症し、若くして亡くなっていました。症状は早く進行し、食べ物が飲み込めず体重が減っていき、最後は呼吸不全で息を引き取ったのです。叔父は診断されたばかりのころ「胃ろうも人工呼吸器も、延命処置は拒否する」と伝えていたようで家族はその意思を尊重しました。

 

当時まだ元気だった父親Sさんは、弟の終末期のあり方に共感していたようです。「俺も同じように自然に逝きたいと思う」と、叔父の葬儀の場で長男Yさんに話したことがあったのです。教師をしていた叔父らしい、清々しい生き様だなと長男Yさんも思ったものです。そのやり取りを覚えていたYさんは、父親への胃ろう造設に反対しました。

 

それに再び内縁の妻Tさんが猛反発。「一日でも生き永らえてくれたら嬉しいの」と言うのです。

 

「嬉しいのって、Tさん、あなたうちの親父の意思は尊重してくれないのですか」とYさんはいらだちます「それに介護をしているのはRでしょう」。

 

Tさんが在宅介護にこだわり、胃ろうに賛成するのは、自分自身のためだろうとYさんは思いました。婚姻関係にないため、自宅から父親Sさんがいなくなれば自分は法定相続人ではないし、住む場所もなくなる。胃ろうを作ってでも延命すれば年金が入り続けるから賛成しているのではないのかと。

 

「結局、カネかよ。あなたは家族じゃないんだ、出ていってくれよ」とつい吐き捨ててしまった長男Yさん。それを聞き内縁の妻Tさんは激昂。

 

「いじわるな性格!東京でのん気に暮らして介護もしなかったくせに!」とTさんが言い返します。

 

「介護してきたのはうちの妹ですよ」とYさんも負けません。内縁の妻には父親Sさんの今後について判断するお立場にはないと切り捨て、胃ろう造設は断ることに。家族としては静かにお別れできたらそれでいい、と医師に伝えました。

 

冷たいようだが、もうすぐ父親とお別れすることによって妹Rさんが介護から解放される。そうしたら人生をやり直せる。自分の老後のお金も貯められるだろう。あの父親ならきっとそう考えるはずだと長男Yさんは確信しました。

 

それから間もなくのこと、父親は自宅で静かに息を引き取りました。