6階建ての階段を歩く

香港はこのように「食の健康」に恵まれていますが、実は「身体の健康」でも恵まれています。それは「身体を動かさざるを得ない街」であるからです。

坂道が多くて車やタクシーを使いづらい地です。その分、公共の交通機関が発達しているので、それらを利用するため香港の人はどこへ行くにもよく歩きます。さらに、住居地域が狭いので高層アパートが多く、2007年当時は6階建ての建物までエレベーターの設置義務もありませんでした。

ロケハン時に取材した90歳の男性も、エレベーターのないアパートの6階に1人で住み、毎日、自室まで、何度も階段を上り下りしていました。

実は、こういった「運動」には当たらない、歩行や階段の上り下り、家事労働など日常生活の中での身体活動は、「NEAT(Non-Exercise Activity Thermogenesis=非運動性熱産生)」と呼ばれ、近年、生活習慣病や肥満の予防効果が注目されています。香港の人は、一見、不便に見える環境の中で、自然にNEATが多くなり、それが「身体の健康」を支えていると言えるでしょう。

さらに、もう一つ、香港で感じたのは、お年寄りの「心の健康」が保たれていることです。

香港では、同じ高層アパートの異なる階に家族4世代くらいが居住しているケースも多く、家族で頻繁に集まって食事をします。取材した90歳の男性も、普段はひとり暮らしですが、週に1回は子どもたちの家族が集まり、大勢で食卓を囲んでいました。儒教文化が根付いているので、食事の時もお年寄りに食べやすいものをサーブするなどの配慮が自然になされます。

また、若い人がお年寄りの手を引いて歩いている光景にもよく出くわしました。私も、香港の地下鉄に乗っていたら、高校生ぐらいの女の子が私の白髪を見てぱっと席を譲ってくれたことがありました。私自身は日本ではあまり経験しないことなので、香港で若い人にも敬老精神が息づいていることに感動しました。

行政でも高齢者が積極的に働けるような施策が取られ、ホテルの受付や喫茶店など、どこにいっても高齢の人がいきいきと元気に働いている姿を多く見かけました。


家森 幸男
武庫川女子大学健康科学総合研究所
国際健康開発部門長