(※写真はイメージです/PIXTA)

誠に気の毒ながら、世間には、患者さまが集まらず、開業まもなく閉院に追い込まれたクリニック、そして、閉院には至らずとも、開業時の集患に苦戦するクリニックがあります。今回は、ひとつの事例をもとに、開業時の集患に苦戦するクリニックの特徴と、どのような対策が必要だったのかを見ていきます。本連載は、コスモス薬品Webサイトからの転載記事です。

「お金のかからないクリニック開業」を目指したドクター

筆者が経営する税理士事務所は、数多くのクリニックと顧問契約を結び、経営をサポートしていますが、過去に1軒だけ、開業間もなく閉院を余儀なくされたクリニックがあります。なぜそのような結果になってしまったのか、分析していきましょう。

 

医院名:〇〇循環器クリニック

院長先生:A先生(40代後半)

開業場所:商店街の一角

開業投資額:2,000万円

先生の人柄:優しく温和

 

A先生は「お金のかからないクリニック開業」をコンセプトに開業準備を始めました。

 

開業場所は商店街の一角で、以前は本屋さんだった物件です。家賃はなんと破格の月額10万円! スタッフはパートの看護師と受付がそれぞれ1名ずつでA先生を含めて合計3名でした。

 

余分な医療機器の設備投資は一切行わず、総投資額は2,000万円と、他院と比べるとかなり少額です。

 

診療時間は月~金の9時~14時の1日5時間のみで、土日と祝日は休診。名刺やチラシなどの広告物はA院長の手作り、内覧会は行わず、HPは作りませんでした。

 

開業準備の相談中に、

 

「A先生、〈循環器クリニック〉では、患者さまがわかりにくいと思うのですが…」

 

「A先生、せめて平日の午後は診療したほうがいいのではないでしょうか?」

 

といったことを尋ねてみたのですが、

 

「私は循環器の患者さまだけを診ていきたいから、これでいいのです」

 

「私は平日の夜、市内の病院の当直アルバイトをしています。そこはバイト代が高くて割がいいのです。開業当初は患者さまが少ないでしょうから、当直のアルバイトで最低限の収入は確保したい」

 

というように、A先生の意志は固く、筆者は返答に困ってしまいました。

「すぐにでも閉院したいが、大家とは5年契約で…」

筆者はA先生の状況が気がかりで仕方がありませんでしたが、クリニックはそのまま開業へ。しかし、開業後の来院患者数は1日あたり0~3名と惨憺たる結果となりました。

 

患者さまが少ないため、開業2ヵ月目にパートの看護師1名を解雇。開業1年後にはパートの受付を解雇し、とうとうA先生1人になってしまいました。そして弊社との顧問契約も解約。その後まもなく閉院されたとの噂を風の便りで聞きました。

 

A先生は、最後にお会いしたときに、

 

「本当はすぐにでもクリニックを閉院したいけれど、この店舗は大家さんと5年契約で借りているから勝手にやめられないし…。だれかクリニックを買い取ってくれないだろうか?」

 

とぼやいておられました。

 

これだけを聞くと、A先生のことをかなり変わった方だと思われるかもしれません。しかし実際には、A先生は温和で人当たりがよくて愛嬌もあり、むしろ人に好かれるタイプの方です。筆者自身も、個人的には好感を持っていました。

 

「A先生の何がいけなかったのだろうか? なにか自分にできることはなかったのだろうか?」

 

筆者もこのようなケースは経験がなく、当時は大変ショックを受けました。

開業時の集患がうまくいかなかった理由とは?

しかし、いま思えば、開業時の集患がうまくいった先生方と比べると、A先生には以下の問題があったように感じています。

 

①自院のポジショニングが不明

②近隣住民への告知活動が足りない

③時間の使い方を間違っている

 

問題① 自院のポジショニングが不明

A先生が誠心誠意患者さまに寄り添った診療をした場合、3~5年の中長期的な視野でみれば患者さまは集まるのかもしれませんが、開業は最初の1年間が勝負です。

 

地域住民の間で口コミが広がるには数年間かかってしまいますので、「真面目に診療していれば患者さまも増えるだろう」などと呑気に構えていると、資金ショートする可能性が高まります。

 

よくよく周りを見渡すと、近隣500m以内に競合医院が密集しており、そのなかで地域住民が「他院ではなく、A先生に診てもらわなければならない理由」を作り切れなかったようにも思います。

 

「近隣の医療機関がやっていない診療は何か?」を考えてその患者さまを集めるなど、自院の地域医療におけるポジショニングを明確にしなければならなかったと感じています。

 

またこれは診療内容に限らず、診療時間についてもいえることです。近隣のクリニックが開いていない曜日や時間帯に、あえてクリニックを開けておくなどの工夫が必要だったと思います。

 

 

問題② 近隣住民への告知活動が足りない

A先生は「お金のかからないクリニック開業」を目指していましたので、内覧会も行わずHPもなし、チラシなどの広告物もA先生の手作りで、いかにも素人が作ったクオリティの低いものでした。

 

内覧会は専門の業者さんに頼むと数百万円かかりますので、ためらう気持ちはわかりますが、業者さんに頼まない場合でも、そこは自分で企画して開催すべきだったと思います。

 

また、チラシなどの広告物は業者さんに頼めば、比較的安価な値段(大体10万~20万円、作成期間3日~2週間程度)で作ってくれます。それを無理して自分で作り、いちばん大切な告知活動そのものが疎かになっていたように感じました。

 

内覧会の運営や広告物の作成など、業者さんに頼めることはなるべく業者さんに任せ、いかに近隣の住民に自院を知ってもらうかという活動にA先生の時間とエネルギーを割くべきだったように思います。

 

問題③ 時間の使い方を間違っている

A先生は開業後も、平日は市内の病院で当直の夜間アルバイトをしていました。アルバイト代は恐らく月給で50万円以上はあったように思います。当直のアルバイトがあるので、平日の診療は14時までにしたそうです。

 

自院で診察する時間よりも、アルバイトをしている時間が長い、というのは論外です。

 

しかし、A先生のように極端でなくても、開業なさるドクターのなかには、開業後も週末は他の病院で当直のアルバイトをされる方が時々おられます。

 

恐らく「最初は患者さまも少ないだろうから、最低限の収入を確保するために当直のアルバイトをしよう」という考えなのでしょう。

 

その気持ちはわからなくもないのですが、やはり数千万円~数億円の資金を投資して開業するわけですから、「アルバイトで当面の生活費を稼ごう」といった安易な選択をせず、むしろ退路を断った方がいい結果に結びつきやすいと思います。

 

当直のアルバイトをする時間があるようなら、その時間で近隣の老人会に顔を出して健康づくりのアドバイスをしたり、近隣の住民向けに健康セミナーを開いたり、近隣の医療機関や介護施設に連携のお願いをして周るほうが、ずっと効果的だといえるでしょう。

 

これらは院長先生ご自身の勇気と行動力が必要ですが、そこは多額の借金を背負って開業するわけですから、ご自身やご家族のためにも勇気を奮い立たせて行動してほしいと思います。

まとめ

筆者はあらゆる事業において最も大事なものは、経営者(=院長先生)の時間の使い方だと考えています。

 

人に任せられる簡単な仕事(=A先生の場合は、パンフレット類の作成など)をあえて自分で行ってしまい、経営者にしかできないこと(=患者さまが来院するまでの導線づくり)まで手が回っていない方が、ときどき見受けられます。

 

患者さまは、

 

①まずはその場所にクリニックがあることを知り、

②ご近所さんの口コミやHPでそのクリニックの様子を確認し、

③そして診察を受ける

 

という行動をとります。

 

勤務医の時代は上記③の診察を受けるところからお仕事がスタートするのでしょうが、その前工程に①でクリニックを認知し、②でクリニックの様子を確認するという工程があるのです。そこを経ることなく③の診察にたどり着くことはありません。

 

そのことからも、①と②にどれだけのお金と時間とエネルギーを割けるかが重要だといえます。

 

開業時はつい「医療機器は何を導入しようか?」「内装はどうしようか?」「銀行金利は何%だろうか?」「スタッフは集まるだろうか?」など、実際に目に見えるものに意識が向いてしまいがちですが、〈患者さまがクリニックに来院するまでの導線づくり〉にもっと熱心に取り組み、お金と時間とエネルギーを割くべきだと思います。

 

参考までに内覧会の告知イメージをお伝えします。

 

内覧会の当日まで…名刺交換を積極的に行い、内覧会案内の名簿づくりを行っておく

 

内覧会2ヵ月前…HPや内覧会チラシを発注

内覧会1ヵ月前…内覧会ノベルティの発注

内覧会2週間前…内覧会案内状の発送

内覧会1週間前…ポスティングや近隣のあいさつ回り

内覧会前日…内覧会のシミュレーション

内覧会当日…内覧会

翌日以降…お花をくださった方へお礼状の発送

 

筆者やA先生の経験が、これから開業なさるドクターの参考になれば幸いです。

 

 

鶴田 幸之
メディカルサポート税理士法人  代表税理士