日本には「浸かる」だけではなく、さまざまな入浴法がありますが、そのなかでも、日本の風呂の原点ともいわれるのが「蒸し湯」。蒸し湯は、「今、ブームとなっているサウナや、岩盤浴とも密接な関係にある」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏はいいます。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』より、詳しく見ていきましょう。
病気にすぐれた効き目を持つ「風呂の原点」
蒸し湯とは蒸気浴を指します。北欧の乾式サウナと比べ体への負担が少ない湿式サウナは、いわば日本人のDNAが記憶している“風呂の原点”と言ってもよいでしょう。なぜなら、奈良時代に瀬戸内地方などで海岸の岩窟などを利用した石(いわ)風呂が、日本の風呂の起源だと考えられているからです。
アーチ形や四角い形に掘り抜かれた穴の中で、雑木の生木を焚き、床土を焼き尽くしてから、海藻類を敷き詰める。すると海藻から塩分やヨードを含んだ大量の水蒸気が穴の中に充満します。その後、海水を浸したムシロを床土の上に敷き、横になって全身を温めます。途中、ときどき外に出て海水などで体を冷やしては石風呂にこもる。これを一日に2、3度繰り返すのが入浴法でした。
いわば現代のミストサウナです。汗が噴き出した後の爽快感はたまらなかったでしょう。効用はそれだけではありません。蒸気に大量のヨード分が含まれていますから、神経痛、リウマチ、胃弱、慢性腎臓炎ほか、さまざまな病気に卓効がありました。
750年の歴史を持つ「むし湯」
石風呂の温泉版が大分県別府鉄輪(かんなわ)温泉の「むし湯」です。生木を焚いて海水をかけ湯気を出す代わりに、「鉄輪地獄」の天然の噴気を利用したものです。温泉ですから、蒸気のなかにも有効成分が含まれていて、呼吸器を通して体内に吸収されます。
「鉄輪むし湯」はかつては「石風呂」と呼ばれていました。
鉄輪に最初の蒸し湯を造ったのは、鎌倉時代の僧侶で、時宗の開祖として知られる一遍上人とされます。伊予国(現在の愛媛県)の出身でしたから、瀬戸内地方の石風呂をよく知っていたのでしょう。鎌倉時代の建治二(1276)年のことだったといいますから、750年近くもの歴史があります。
「石菖(せきしょう)」という香りの良い薬草を敷き詰めた石室の中は、80度近くに保たれていて、存分に発汗した後の爽快感は現代人でも病みつきになりそうです。単に爽快感だけではなく自律神経が整うのです。“サウナー(サウナ好きのことを称する)”は「ととのう」と表現します。
わが国の伝統的な入浴法である蒸し湯の形態は、別府鉄輪温泉の蒸し湯の他にもまだいくつかあります。鉄輪の蒸し湯と同じように現在も利用できる蒸し湯のご当地バージョンをご紹介します。