「お値段以上」の湯宿

どこかの企業のTVコマーシャルに出てきたようなタイトルで恐縮ですが、私の温泉旅行の一番の楽しみは、まさに「お値段以上のお宿との出合い」です。コスパが良い宿を見つけられたときの喜びは、良質の温泉並みに心身に効くような気分になれます。

そのような温泉旅館を何軒かご紹介しましょう。選択の基準は1泊2食付きで1万〜2万円未満を目安とします。

01.銀婚湯温泉「温泉旅館銀婚湯」(北海道八雲町)

5,000坪もある河畔の雑木林に木造2階建て、21室の落ち着いた雰囲気の佳宿。男女別の雰囲気のいい露天風呂付きの大浴場の他に、林の中に清流を間近に望む野天風呂が4ヵ所と内湯が1ヵ所点在するのは、「さすが北海道!」です。四季の移ろいを肌で感じられる「銀婚湯」なら、2、3日の連泊もしたくなるというもの。

渡島半島にあり、ぜいたくにも太平洋と日本海にも近く、また「銀婚湯」の所在地八雲町は酪農業の町だけに食材にも事欠きません。地場の食材をていねいに味付けした料理には定評があります。1万円余から泊まれるとはにわかには信じがたい「お値段以上」の宿でしょう。

出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋
[写真1]銀婚湯の夕食(著者撮影) 出所:『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より抜粋

02.養老牛温泉「湯宿だいいち」(北海道中標津町)

全国随一の酪農地帯の一角に位置するだけでなく、近くの根室の花咲ガニ、厚岸の牡蠣、野付半島の北海シマエビ、知床半島のトキシラズ、銀ダラ等々。地元で手に入らない一級の食材は伊勢エビとフグぐらいでしょうか。食の宝庫・北海道にあっても群を抜いています。

特別天然記念物のシマフクロウが飛来する宿としても知られ、国内はもちろん欧米からも“自然派”の富裕層がグループで訪れ、世界遺産・知床の大自然にふれ、最高級の旬の魚介類と星見露天風呂、釣り糸をたらすこともできる渓畔の大きな露天風呂など、多彩な風呂に酔いしれています。

03.乳頭温泉郷「鶴の湯温泉別館山の宿」(秋田県仙北市)

地元田沢の雑木だけで建てられたという曲がり屋の建物が若い人たちに人気です。フロントのある母屋とわずか10室の宿泊棟は長い廊下で結ばれており、館内はまさに山荘のように静かです。

食事は囲炉裏端料理。地場産の山の芋と山菜など、山の幸を盛り込んだ「山の芋鍋」は自家製の味噌仕立て。網のうえで炭火で焼く地元の野菜、山菜、きのこ、近くの田沢湖で釣り上げたイワナなど、日本人なら郷愁を感じる懐かしい田舎の味の数々でしょう。温泉はすべて貸し切り風呂。近くの本館「鶴の湯温泉」の名物大露天風呂も利用できます。

04.蔵王温泉「和歌の宿 わかまつや」(山形県山形市)

わが国屈指の古湯、蔵王で創業明暦元(1655)年以来の暖簾を守る「和歌の宿 わかまつや」。歌人・斎藤茂吉ゆかりの宿で、茂吉直筆の作品も館内に展示されています。

16トンもある蔵王目透石の巨岩をくり抜いた露天風呂からあふれる濁り湯の肌ざわりの良いこと。古来、名湯の誉れが高いだけあります。もちろん源泉100%かけ流しです。

「わかまつや」の一番の楽しみは食事。何度泊まっても、ここの食事は楽しいのです。豊かな自然に抱かれた山形の旬の食材はもちろん、器、盛り付けにもこだわりが感じられるのは嬉しいもの。「五感で料理の季節感を感じて欲しい」とのメッセージと、受け止めています。

「シニアの方には量より質を重視した会席料理」というのも、老舗旅館ならではの配慮が感じられます。最高級の米沢牛を食べられたら幸運です。秘伝の塩スープで煮込んだ紅花鶏つくねの鍋も逸品。朝食の色彩感あふれる盛り付けは、今日も元気に旅立たせてくれます。

05.奥鬼怒温泉郷「手白澤温泉」(栃木県日光市)

長い木立のトンネルを抜けると、硫黄臭のする湯煙が上がります。奥鬼怒でも最深部、標高1,500メートルの高所に湧く一軒宿の「手白澤温泉」。ここに来るには麓の女夫渕温泉の駐車場(女夫渕駐車場)から、ブナの森を2時間半近く歩かなければなりません。その“ごほうび”は十二分にいただけます。

客室数六室の平屋の宿の奥にある風呂がじつに素晴らしい。

とくに女性浴場には惚れ惚れとします。椹の白木造りの脱衣室から、ワイドな窓ガラス越しに内風呂とさらに露天風呂まで見通せます。

湯質も山の空気のように素敵です。“美白づくり”の単純硫黄泉で、肌に優しく、石けんののりも素晴らしい。本物の自然派向けの宿なだけに、料理も採れたて、地ものにこだわる。しかも手間暇を惜しまず、大半が自家製ですから無添加。無農薬、有機栽培のビオワイン(自然派ワイン)も、大人気とか。