半身浴やシャワーで済ませてしまうことも多い今日ですが、「全身浴こそ日本人の健康を支えてきた」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏はいいます。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』より、おすすめの入浴法について見ていきましょう。
日本人は昔から「全身浴」が基本だった
まず入浴前に水分をとってください。夏を除いて常温のミネラルウォーターか、中高年の方はぬるま湯、お茶が好ましいですね。
浴槽に入る前に、しっかりとかけ湯をする。熱い湯にいきなり入ると、血圧が急上昇して危険です。これを防ぐ意味と、とくに下半身の汚れを落とす大切な入浴マナーとして。他人に不愉快な思いをさせない、他の入浴者の心を冷やす行為をしない。「輪になって和を極める」――。これこそが日本の“湯浴みの心”であると考えます。
浴槽に入ったら、しばらく横隔膜の高さ(みぞおちあたり)まで浸かり、続いて肩まで浸かります。手足を伸ばして“無我の境地”で浸かりましょう。肩の力を抜き、湯の温もりに素直に身をゆだねましょう。
最近は一日中パソコンに向かった仕事、それにスマホやゲームなどで、首への負担が多く、若い人の間にも肩こり、首こりが非常に多くなっているようです。肩から上へ血液が流れにくく、代謝も滞る。したがって、眼精疲労も目立ちます。
女性のなかには、もっぱら半身浴という人も少なくないようです。半身浴では、これらの症状を改善することは難しいでしょう。全身浴で肩、首筋まで温め、脳までスムーズに血が流れるように意識したいものです。女性に多い冷え性の方にも有効です。
シニア世代は首筋をよく温めて、自律神経を正常に機能させることが、認知症予防にもつながります。日本人は昔から全身浴が基本でした。この入浴法こそが、日本人の健康を支えてきたということです。全身の皮膚から温泉の含有成分を貪欲に体内に取り込む――。理に適った日本の入浴法です。なにせ皮膚を広げると男性で畳二枚分にも相当するといわれます。加えて温熱作用により、代謝も早く高めてくれます。
体に負担をかけずに血流を全身に巡らす「分割入浴」
季節やその人の体温、体質によっても多少異なりますが、1回目は体が冷えているので5分から10分近くは浸かることができるでしょうか。額に汗がにじんできたら一度上がる。もちろんその前に暑苦しさを覚えたり気分が悪くなったら、我慢せずに浴槽から出たり、半身浴、あるいは浴槽の縁に座り足浴の状態になるのも良いでしょう。
2回目の入浴は体が温まっているので、1回目より短く、5分前後、3回目は3分前後と分割することによって、体に負担をかけずに無理なく、血流が足の先から脳まで巡るように時間をかけて繰り返し入浴をしてください。入浴と入浴の間は、足浴の状態でも、洗い場に行っても、露天風呂に出てもいいでしょう。
たとえ半身浴の状態であっても、湯煙が浴場にこもっているような本来の温泉であれば、温泉成分、とくにガスを湯気から吸入することができます。
代謝が促進される良質の温泉では5分間湯に浸かっているのと、5分間縄跳びをするのと消費カロリーはほとんど変わりありません。16~17キロカロリーです。ウォーキングでは十数分に相当するカロリー消費で、1キロメートル以上も歩ける時間です。
このように温泉浴はかなり体力を消耗しますので、無理をしないことが大切です。日本の入浴は、もっぱら爽快感を得る目的のサウナとは異なりますので、汗を出すことに汲々としていては本末転倒です。
温泉場に来てまで、体を洗い流さない
副交感神経を優位にしながら、肩の力、心の力を徐々に解放する。湯が体に心に染み入るのをイメージしながら、感じながら、ふだんの家庭風呂や慌ただしい銭湯とは異次元の世界に遊んで欲しいものです。ですから頭や体を洗うのは二の次。いいえ、むしろ洗わないのがベストかもしれません。せっかく“非日常”の温泉まで来たのですから、湯に浸かりながら、こころの襞に溜まった汚れ、穢れを時間をかけて流したいもの。
実際、“ホンモノ”の温泉に入ると、私たちの体の皮脂と含有成分で天然の石けん状態になりますので、肌の古い角質や汚れは入浴中に自然に流れます。それを「せっかく温泉まで来たのだから」と、ふだんより石けんを泡立たせてしまっては、浴後に肌の水分を失ってむしろガサガサになりかねません。
洗髪は、他に入浴者がいないような場合、浴槽の縁で私はときどき、かけ流される湯を汲んで50杯、100杯と還元力のある湯を頭からかけます。肩まです~っとする。シャンプーは不要です。とくにアルカリ性の湯の爽快感はたまりません。