温泉と一口に言っても、「宿場系」「湯治場系」「秘湯系」と、その種類はさまざまです。とりわけ本物志向の温泉ファンに高い人気を誇るのが「秘湯系」で、「1980年代から始まった空前絶後の“秘湯ブーム”以来、日本人の間にすっかり定着している」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏は言います。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』より、詳しく見ていきましょう。
温泉好きの「穴場」は“湯治場系”
■肘折温泉(山形県大蔵村)・俵山温泉(山口県長門市)
肘折温泉と俵山温泉を、東西の代表的な湯治場系の温泉街と評価してきました。
季節の山菜、野菜、果物などが並ぶ朝市でも有名な肘折温泉は、月山の山裾に湯煙を上げる20軒ほどの湯治宿が所狭しと軒を寄せ合う。数軒の土産物屋も活気があり、温泉街に4軒の共同湯があります。私はかねてから共同湯(外湯)の数は温泉街評価の大切な指標となると考えてきました。
そのひとつ「上の湯」は別名「疵(きず)の湯」と呼ばれ、肘折温泉発祥の湯です。骨折の後療法、術後の回復、婦人病、神経痛、リウマチ(関節リウマチ)などに卓効があるといわれてきました。
一方、俵山温泉は、木造2、3階建ての湯治旅館が、狭い湯町に20軒ほどひしめきます。石畳の路地を浴衣姿の湯治客が外湯(共同湯)へ向かう、今なお湯の町情緒漂う正統派の湯治場です。旅館に風呂を持つ宿は1、2軒しかなく、昔ながらの外湯が湯町の顔です。
江戸前期には長州藩毛利家の御茶屋(別荘)が建てられ、その霊験あらたかな湯が評判で、湯治旅館が江戸中期にすでに20数軒もあったといわれる俵山は、現在も“リウマチの名湯”として全国から療養客を集めるほど、その湯質には定評があります。
昭和の東京オリンピック以降、高度経済成長に乗って、日本の多くの温泉場は行楽・歓楽型へ向かいましたが、それでも“温泉の原点”である湯治に軸足を置いた温泉もかなりの数に上ることは日本の温泉文化の多様性を示すものに違いありません。
湯治、療養の温泉は心身に“効く”温泉を維持していることが必須条件ですから、一級の温泉に出合える可能性が大であることを考えると、たとえ一泊であっても時には湯治場系の温泉地を選ぶのも理に適った選択といえます。静かな環境と比較的空いていること、それにリーズナブルな料金を考えると、“温泉好き”には湯治場系は“穴場”なのです。