温泉旅行へ行く際、欠かせない「宿選び」。予約サイトが充実している昨今では、ネットから宿への予約を行う人も多いようですが、「いい宿に泊まるには電話での予約が1番である」と、温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏は言います。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より、詳しくみていきましょう。
ネット全盛でも、宿の予約は「電話」が1番!?
いい宿とは“リピーター”をしっかり抱えている宿です。「安いからまた泊まりたい」とはならないでしょう。日本人は優れて個性的な民族です。宿の選択肢が少なかったツアー旅行全盛の頃とは違って、自分で宿を選ぶ時代ですから、没個性的な宿にはリピートしたくないのです。
日本の温泉旅館が欧米スタイルのホテルと異なる点は、旅館の従業員と接する機会が多いこと。まさに接客業ですから従業員の数も要します。しかも夕食、朝食付きが基本です。
「顔が見えない」予約では、迎える側の宿でも不安なはずです。いいえ、出かけて行く私たちの方こそ、宿の人の顔が見えないところへ出かけ、お世話になるわけですから、もっと不安になります。期待はその裏返しともいえます。だから、リピートは双方に都合がいいわけです。
「当たり外れがあっても、仕方ないか」との、バブル経済期のイケイケの時代とは違い、ストレスのない、コストパフォーマンスの良い旅をしたいわけですから、事前にそのリスクを減らそうと考えるのはごく自然なことでしょう。それには電話での予約が1番なのです。
岡山県を代表する温泉のひとつに湯原温泉があります。ダム下にある24時間無料開放の大露天風呂「砂湯」で知られる温泉で、大小個性的な温泉旅館、温泉ホテルがあり、私も好きな温泉地です。湯町を歩くと、元禄元年創業の「元禄旅籠 油屋」があり、歴史の香りを感じさせてくれます。平成25(2013)年に「湯原国際観光ホテル 菊之湯」のような客室53室の中規模ホテルも含めて、湯原温泉街すべての温泉施設が、中国・四国地方で初の“源泉かけ流し宣言”を行うほど、湯質の良さにも定評があります。
この湯原に「プチホテルゆばらリゾート」という、洋室7部屋、和洋室3部屋の小さな宿があります。令和2(2020)年に旅行新聞社主催の「第45回プロが選ぶ日本のホテル旅館100選」の小施設部門で、「日本の小宿10選」に選ばれた素敵な宿で、私も何度か宿泊したことがあります。
ここの経営者古林伸美さんはITに長けており、宿の公式HPも25年以上前に制作して、自社の予約サイトももちろん自前でシステム化するなど、プロ級の腕前です。その古林さんも、「やはり予約は直接、電話でやるのがベストですね」と語ります。
「話しながら私どもの方でも、お客さんがどのような方か事前の情報をキャッチできますから、おもてなしもきちんと対応できます」。やりとりの中で、お互いに顔が見えるということなのです。「たとえば苦手な料理をお越しになる前に知ることができるのも、双方に都合のよいことです。とくにお子様連れの方には必要です」。「前もって温泉街の楽しみから、周辺の観光情報、グルメ、アクティビティーなどもご案内できます」
家族の人がネットで予約して、実際にはお年寄りがいらしたとのケースが時々あるといいます。「うちは車椅子対応の部屋もありますから、電話なら予約段階でどうにかなったのですが。お年寄りの方の食事内容に関してもそうです」。食事に定評のある宿だけに、「喜んで帰っていただきたい」との想いが強いのです。小規模施設ならではの心遣いなのでしょう。
予約サイト経由ですと、宿側は5~10%前後の送客手数料を払いますので、電話予約を歓迎する宿ではその分を、部屋や料理で上乗せすることがあっても不思議はないのです。
「男性客は簡便な予約サイトを使い、女性客はよく調べられて、電話で予約なさるお客さんが多いですね」とのこと。
ネットサーフィンをしていて、「質問サイト」に「温泉旅館の予約方法を教えてください」に対するベストアンサーが掲載されているのを発見。それがなかなか面白いのです。「直接電話が1番です」と答え、「はっきり言って、自分で調査する能力がない人とか、(宿と)交渉する能力がない人とかが予約サイトとか旅行会社に頼るわけですな」。「調査とか、交渉とかも、旅の事前の楽しみの重要なウエイトを占めます」との、的を射た指摘がありました。
その通りなのです。もちろん旅そのものも楽しいのですが、その準備の過程が同じぐらい楽しいからです。しかも“準備の楽しさ”は旅の成否にもつながります。「忙しかったので、予約サイトに頼った」では、言い訳にもならないでしょう。ご自分のことなのですから。その結果が「予約サイトがベスト」となれば、それはそれで正しいのです。