温泉学者おすすめ!「直湧き」温泉旅館3選

次に私のとくに好きな直湧きの温泉旅館を数か所ご紹介しましょう。

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丸駒温泉(北海道千歳市) 出所:PIXTA

■丸駒温泉「丸駒温泉旅館」(北海道千歳市)

国内外からの観光客でごった返す北海道の空の玄関口、新千歳空港のある千歳市郊外。恵庭岳に抱かれた支笏湖北岸の一軒宿の秘湯丸駒温泉には、周囲約40キロメートル、最大水深360メートルの雄大な支笏湖と対岸の風不死岳を一望する展望露天風呂付きの大浴場があります。

しかも小舟でしか来られなかった大正時代の創業時のままの、湖畔の野趣あふれる露天風呂も健在です。

湖面と同じ水位の露天風呂には、弱食塩泉が底の砂の間から湧き上がってきます。湯はどこまでも澄んでいて、底の砂が一粒ひと粒手にとるように見えます。ふつふつと湧き上がってくる湯自体はかなりあつ目ですが、石組みの浴槽が大きくしかも深いため適温で、長湯も可能です。

私は頭上で桜の花びらが舞う五月の連休明け頃が好きです。いかにも日本的な風情があって、素朴な和風造りの風呂にとても似合うからです。厳寒期の雪見風呂は若い人たちに人気です。

北海道ならではの、原始的な四季折々の表情を楽しませてくれる支笏湖。なかでも茜色に染まった対岸の風不死岳と多峰古峰山のメルヘンチックな輪郭が素敵です。

自然が与えてくれた完成品である自然湧出泉をそのまま“味わう”ことは、温泉の醍醐味です。たとえるならば、“温泉刺身”とでも申しましょうか。

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蔦温泉(青森県十和田市) 出所:PIXTA

■蔦温泉「蔦温泉旅館」(青森県十和田市)

旅先の朝風呂に勝る贅沢はありません。立ち上る濃い湯煙の間から差し込む春の柔らかい陽光を浴び、ヒバの湯船にまどろんでいたら、一瞬、ふわ~っと体が浮いて、まさに夢心地になったのです。

お湯は澄んでいて、底に敷き詰められている風呂板がはっきりと見えました。ブナの板の間からお湯が湧き上がってくるのです。それは“湯玉”というにふさわしい形状で、ふつふつと湧き上がってくるのでした。

池を前に破風の正面入り口が凜とした威風を漂わせる木造2階建ての本館は、大正7(1918)年に建てられたもの。玄関に入ると昔ながらの帳場があって、その右手に磨き込まれた長い廊下が浴場まで続いています。「久安の湯」と「泉響の湯」です。ともに青森ヒバ造りの浴場です。

私が浸かっていたのは奥の「泉響の湯」。高さ12メートルもの吹き抜け天井をもつ浴場に、湯のこぼれる音が静かに響き渡るような気がします。深いブナの樹海に抱かれた、「これ以上を望めない極上湯の極み!」と言ってもいいでしょう。

明治、大正期にその美文によって一世を風靡した文人・大町桂月は、十和田湖を世に知らしめた紀行作家としても知られていますが、じつはその桂月、蔦温泉にぞっこんでした。蔦温泉に本籍を移すほどの惚れようで、大正14(1925)年、ここで辞世の歌を遺して56歳の生涯を閉じました。

「極楽へ越ゆる峠の一休み 蔦の出湯に身をば清めて」