疲れた心身を癒すために訪れることの多い「温泉」。温泉学者であり、医学博士でもある松田忠徳氏は、温泉も食べ物やお肌と同様に「鮮度」が大事であるといいます。松田氏の著書『全国温泉大全: 湯めぐりをもっと楽しむ極意』(東京書籍)より、源泉掛け流しの究極体といわれる「直湧き」の魅力と、直湧き温泉を存分に堪能できる珠玉の旅館を紹介します。
鹿児島県にある「天降殿」は理想的な“老けない温泉”
[図表]は妙見温泉「妙見石原荘」(鹿児島県)の大浴場「天降殿」(男性用)の湯口から豪快に注いだ湯が、約5メートル先の湯尻まで流れる間のエイジング(酸化)の変化を、化学的に図示したものです。
酸化還元電位(ORP)という化学的な評価法で検証すると、浴槽内の温泉の老化の進行を知ることができます。[図表]の湯口(■)と湯尻(□)を比べると、湯尻(□)は酸化系の方へ、少し移動していることがわかります。
大半の温泉では湯口と湯尻の間隔がかなり離れます。「妙見石原荘」の浴場「天降殿」の場合は理想的な還元系の域にあり、温泉の老化は最小限ですんでいることを示唆しています。素晴らしい浴場にふさわしいレベルの湯を維持しており、20数年来の「妙見石原荘」のファンでしたが、改めて惚れ直しました。
[写真]のように湯口から大量の湯が豪快に落下していますが、浴槽内の数か所での検証の結果、「湯の流れに勢いがある」手前の縁に浸かるのが化学的にもっとも良いと判明しました。
鮮度バツグンの「直湧き」温泉は細胞が喜ぶ
このようなことを考えると、浴槽の底から湧き出てくる温泉は“究極のもの”であることがおわかりでしょう。本当に貴重なのです。
なにせ温泉が空気にふれるより先に入浴者のお尻にふれるわけですから! 誕生したての源泉(温泉そのもの)を直に浴びることができるので、細胞が喜ぶのは当然でしょう。肌の細胞はもちろん、血液、リンパ液に染み込み、内臓の細胞も喜びます。
しかも心にまで響くのです。これこそ、“快感”、“悦楽”ですね。“還元系”の温泉の成分は、経皮で体内に取り込まれることが確認されています。
最近、「足元湧出泉」という言い方を聞く機会がふえましたが、“温泉大国・日本”には昔から「直湧き」という言葉があります。北海道を代表する温泉、洞爺湖温泉街で生まれ育った私は、現在に至るまでこの言葉を使っています。「直接湯船、浴槽に湧く」という意味です。
空気にさらされていない“生源泉”を直に浴びられるのですから、これほど化学的にも優れた温泉はありません。