夫婦2人で楽しむはずの老後が妻1人に…
Aさん夫婦は2人とも65歳から年金を受給。夫は65歳以降、後進の指導のため嘱託職員と週3日の短時間勤務で仕事を続けています。夫婦の時間を尊重し、年金を全額支給できるよう、会社側から配慮された雇用契約です。
ところが、Aさんは67歳という若さで脳梗塞が原因で急死してしまいます。夫と過ごすこれからの2人の時間を楽しみにしていたAさんの妻は、悲しみに暮れます。
しばらく寝込むほど落ち込んでしまっていたAさんの妻でしたが、心配して様子を見に来てくれた友人から遺族年金が受け取れるという話を聞き、「悲しんでばかりはいられない、目の前の生活に向き合わなくては」と、自宅近くの年金事務所を訪ねます。しかし、そこでは耳を疑う説明が。
Aさん妻が受け取る遺族年金について計算してみます。配偶者が亡くなった際、要件を満たすことで、遺族厚生年金を受け取ることができます。Aさんの妻の遺族厚生年金額は、
遺族厚生年金
=老齢厚生年金の報酬比例部分×3/4
=114万6,077円×3/4
=85万9,557円
Aさんの妻が受け取れる遺族厚生年金は、妻の老齢厚生年金を優先に受け取るため、遺族厚生年金は差額支給となります。これを「先あて」といいます。
「専業主婦だったら、85万9,557円受け取れるのに……」妻は遺族厚生年金額が年額2,329円であることに驚きを隠せません。
遺族年金は非課税です。しかしながら、老齢年金は収入となり、課税の対象となります。これでは働いていた人のほうが損なのでしょうか。
さらなる追い打ち、息子からの衝撃の知らせ
Aさんの葬儀が一段落すると、息子が母に封筒を差し出しました。夫に先立たれた場合、法定相続人はAさんの妻と2人の息子です。妻1/2と息子がそれぞれ1/4ずつわけることになるわけですが、どうやらAさんは遺言公正証書を作り、息子に託していたようです。
夫の死亡時の相続財産は自宅と貯金(退職金を含む)は3,000万円でした。公正証書には妻に自宅、子に自宅以外の財産を2分の1ずつというものでした。いつ亡くなるかわからないが、妻には遺族年金が入るだろうから、現金が残っていたら、貯金は子ども達で等分にわけて欲しいというものでした。
どうやらAさんは、妻に自分の遺族年金がそれなりに受け取れると勘違いしていたようです。妻は公正証書をみて衝撃を受けました。平凡に暮らしてきて、妻自身も働き続けてきたため、遺族年金としては年額2,329円。自宅の住宅ローンは完済したものの、これから外壁の塗り直しなど、修繕がかかるなか、現金が手元にない状態にさせるという内容の遺言でした。
息子達はそれぞれが家庭を持ち、住宅ローンや教育費がかかる年代です。さらに次男の子どもは障害を抱えているため、現金があると助かると言ってます。そのため、父親の遺言どおりに相続してほしいと願っているようです。妻は自身名義で貯金は300万円持っていました。しかし、長すぎる老後にこれでは到底足りません。老後は年金と夫名義の貯金で賄えるかと思いきや、夫があまりにも早くに亡くなったことで、老後の生活が危ぶまれてしまったAさんの妻でした。
厚生年金の「先あて」に要注意
人生100年時代といわれ、仕事を引退してからの期間も長くなっています。老後は、夫婦2人の年金と貯金で過ごせると思っていましたが、夫の急死により、妻の生活は不安の残る結果となりました。
公的年金は働けなくなったときのリスクに備える保険です。そのため、残された配偶者自身に厚生年金保険の加入期間があった場合、自分の厚生年金保険(老齢厚生年金)を優先に受け取り差額が遺族年金になります。
日本人の平均寿命から考えると65歳からの年金を受け取りだしてから、セカンドライフは15年以上あります。損得で考えるのであれば、夫婦ともに健康に気を付け、長く年金を受け取ることが一番お得になります。
Aさんが早くに亡くなったことは、Aさんの妻もだけでなく、相続財産の受取人である息子達、亡くなったAさん自身もきっと想定外と思っていることでしょう。
遺言公正証書は何度でも作成することができます。Aさんは「なにもなければ、平均寿命ぐらいは長生きするだろう」と遺言公正証書を作成したのでしょうが、1番は息子達のことを思ってのことだったのでしょう。遺族年金の仕組みを理解していたなら、遺言公正証書の内容も違っていたかもしれません。遺言公正証書を作成する際は、専門家に相談する選択肢があると、トラブルを防げる可能性が上がります。まずは専門家に相談してみましょう。
三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
代表