「がん」は代表的な老後の病気です。老後にがんを発症し、思い込みやネットでの不適切な情報を鵜呑みにした結果、自由診療にのめり込んで資産を大きく失う人も少なくありません。そんな状況で家族に新たなアクシデントが発生すれば、老後破産は避けられないと、株式会社ライフヴィジョン代表取締役のCFP谷藤淳一氏はいいます。なぜそのような悲劇が起きてしまうのでしょうか? 本記事では、高山浩次さん(仮名・68歳)の事例とともに、「がん」と老後破産の関連性について解説します。
〈年金月25万円の60代夫婦〉夫の大腸がん罹患で「貯金4,000万円」があっという間に消失…老後破産を招く「がん・自由診療のワナ」【CFPが解説】 (※写真はイメージです/PIXTA)

「夢のような治療法」の裏に潜む大きすぎるリスク

ネットで出会った夢の治療

高山さん夫妻はネットで『大腸がん 治療』などのキーワードで情報収集しました。すると大量の検索結果が出てきたのですが、そのなかで、

 

・大腸がんは手術を受けると人工肛門になり生活の質が低下する
・合併症で腸閉塞を起こす可能性がある
・抗がん剤治療の副作用で間質性肺炎を発症し死に至ることも

 

といったどちらかというとネガティブな情報がとても印象に残ってしまい、妻は『絶対に手術と抗がん剤治療は受けてほしくない』と高山さんに訴えました。そしてさらに調べていくなかで、

 

・大腸がんをあきらめない
・副作用が少なく体にやさしいがん治療
・最先端で究極レベルのがん治療

 

といったタイトルのサイトを見ていくと、どうやら『免疫療法』というがん治療が存在することに気づきました。しかも1ヵ所だけではなく、東京の一等地に施設を構える医療機関がたくさん存在し、『手術・放射線・抗がん剤に続く第4のがん治療』という位置づけのようです。

 

自分の血液を採取し一定期間装置にかけて免疫を活性化させて再び体内に戻し、パワーアップした免疫でがんを叩くという夢のような治療。この治療ならば「手術で人工肛門になることもないし、抗がん剤の副作用で辛い思いをすることもない」そう高山さん夫妻は思いました。

 

費用を見ると自由診療ということで、約4ヵ月で1クールの治療費が400万円ほどのようです。非常に高額と感じましたが、最先端の医療というとてもよいイメージから検討したいという思いになり、無料の個別医療相談に参加することにしました。

 

そこで詳しい説明を受け、さらにがんが消えていく映像などを見せられ、妻は「この治療を受けてほしい」と高山さんにお願いし、高山さん自身も費用が多少気になりましたが貯蓄もゆとりがあるので、この免疫療法に賭けてみることにしました。

 

2年におよぶ免疫療法の末…夫のがんは悪化、妻は要介護状態に

第4のがん治療と呼ばれる免疫療法を選択した高山さん。治療を受けていると、事前説明にあったとおり体への負担がとても少なく、また体調が悪くなることもなかったため、特に妻は安堵し、がんが消えることを夫婦で期待するようになりました。

 

治療開始から約4ヵ月、1クールの治療が終了し検査結果を見てみると、がんは特に変化していないようですが、医師からはがんが悪化していないということは治療が効いている可能性があり、引き続き治療を継続することを提案されました。

 

高山さん夫妻は医師の言葉を信じ、その後もがんが完治することを願って免疫療法を続けていきました。途中わずかながらがんが縮小して喜んだ時期もありましたが、治療を開始して2年ほど経過したときの検査で、がんが全身へ転移していることが発覚しました。医師からは、

 

「これ以上続けても治療効果が見込めないため、今回で治療は終了します」

 

と一方的に治療終了の宣告。がんが完治すると期待して選んだ免疫療法でしたが、結果的にがんが悪化するという最悪の事態に。そして4,000万円あった貯蓄も、息子家族への住宅購入資金、孫の教育資金支援や気づけば約2年間も経過していた自由診療費用で、すでに300万円以下になっていました。

 

失意の底にあった高山さん夫妻でしたが、そこに新たな悲劇が。それまで夫のがんが治るようにと支えてきた妻が、突然の脳卒中で緊急入院。手術は無事に終わり、一命は取り留めたものの、医師から「右半身に重度の麻痺が残る可能性があります」と告げられました。今後はほぼ確実に妻に介護が必要になりそうです。

 

高山さんの母親は過去に認知症で介護付き有料老人ホームに入居しましたが、その準備や手続きの大半を高山さん自身が行いました。そのときの費用は、入居一時金が600万円、そして毎月の費用が約20万円と非常に高額であったという記憶が残っています。

 

介護付き有料老人ホームなどの利用が経済的に困難な場合、介護サービスを利用しながら自宅で介護をしていくことになりますが、高山さん自身もがんが全身に転移している状態で、自宅で妻の介護をすべてこなすことはかなり困難である可能性があります。

 

高山さん自身のがん治療、そして妻の介護という2つの重荷を背負うこととなってしまいましたが、経済的なゆとりがほとんどなくなっていて、どうしてよいかわからなくなってしまいました。